本文ノート
肩は、ひとつの関節ではありません。腕を挙げるとき、次の4つの関節が同時に動きます4,5。
| 肩甲上腕関節 | 上腕骨頭と肩甲骨の関節窩の関節。いわゆる「肩関節」で、動く範囲がもっとも大きい。 |
|---|---|
| 肩鎖関節 | 鎖骨の外側の端と肩甲骨の肩峰の関節。腕を挙げると、肩甲骨は鎖骨に対してここで上方回旋・内旋・後傾する5。 |
| 胸鎖関節 | 鎖骨の内側の端と胸骨の関節。上肢と体幹を骨でつなぐ唯一の関節。腕を挙げると、鎖骨はわずかに挙上し、後退していく5。 |
| 肩甲胸郭関節 | 肩甲骨と胸郭の間の機能的な関節。肩甲骨の「挙上」や「外転・内転」と呼ばれてきた動きは、実際には胸鎖関節での鎖骨の動きから生まれる5。 |
肩甲上腕関節が大きく動ける理由と、不安定になりやすい理由は、同じところにあります。関節面の形を精密に測った研究では、上腕骨頭と関節窩の軟骨面はどちらも球の一部とみなせるほど丸く(球からのずれは半径の1%未満)、両者の半径の差は88%の関節で2mm以内、すべての関節で3mm以内でした1。形はよく合っているのです。不安定さの理由は、くぼみが浅いことや形が合わないことではなく、関節窩の面積が小さく、骨頭を包み込んでいないことにあると考えられています1。X線では関節窩が骨頭より平らに見えますが、これは軟骨の厚みの分布によるもので、軟骨面どうしは実際にはよく合っています1。
骨で囲い込まない分、肩甲上腕関節の安定は、関節唇・関節包・靭帯という受け身の構造と、腱板などの筋が骨頭を関節窩に押しつける能動的な仕組みの組み合わせで保たれています2,3。さらに、受け皿である関節窩そのものが、肩甲骨の動きとともに向きを変えます。肩を「上腕骨と肩甲骨の関節」ではなく「肩関節複合体」として見るのは、このためです。解剖アトラスの肩甲骨と鎖骨と上肢の骨で、位置関係を確かめながら読むと理解しやすくなります。
少し掘り下げる
関節唇・関節包・靭帯
関節唇は、関節窩の縁を囲む線維軟骨の輪で、くぼみを深くします。死体の肩で骨頭を関節窩に押しつけ、横から力を加えて脱臼させた実験では、関節唇を切り取ると、押しつけによる安定の効果が約20%低下しました2。
関節包の前方は厚くなり、上・中・下の関節上腕靭帯をつくります。これらの働きは、上腕骨と関節窩の位置関係によって大きく変わります3。
| 上関節上腕靭帯と烏口上腕靭帯 | 骨頭が下へずれるのを防ぐ重要な構造。烏口上腕靭帯は烏口突起から出て、上関節上腕靭帯よりずっと太い3。 |
|---|---|
| 中関節上腕靭帯 | 外転45度と60度の位置で、前方へのずれを防ぐ3。 |
| 下関節上腕靭帯複合体 | 前下方への脱臼をもっとも強く防ぐ。そのため、脱臼でもっとも傷つきやすい3。 |
一方、腕が中間の範囲にあるとき、関節包と靭帯はゆるんでいます2。中間の範囲の安定は、次に述べる筋の仕組みが大きく担います2。靭帯がどこで張るかは、関節窩に対する上腕骨の位置によって大きく変わります3。靭帯の位置は、解剖アトラスの肩関節・肩鎖関節の靭帯で確かめられます。
腱板と凹面圧縮
腱板は、肩甲骨から起こって上腕骨頭を包む4つの筋の腱の集まりです。棘上筋は大結節の上面、棘下筋と小円筋は大結節の後ろ、肩甲下筋は小結節に付きます(肩と上腕の筋(前から)、肩と上腕の筋(後ろから))。
腱板の大事な役割の一つが凹面圧縮です。死体の肩で骨頭を関節窩に50Nで押しつけ、横から力を加えた実験では、関節唇が残っていれば、骨頭は押しつける力の最大60%までの横向きの力に耐えました2。耐えられる力は関節窩の上下方向で大きく、これは上下方向のくぼみが深いためと考えられています2。押しつける力を100Nに増やした条件も調べられており、この仕組みは、関節包と靭帯がゆるんでいる中間の範囲で特に重要とされます2。
肩甲骨を動かし、支える筋
肩甲骨は胸郭の上で、前鋸筋や僧帽筋などの筋によって動かされ、支えられています。腕を挙げるとき、前鋸筋と僧帽筋は肩甲骨を上方回旋・後傾させる方向に働きます5。肩の痛みのある人の研究では、前鋸筋の活動の低下と、僧帽筋上部の活動の増加が繰り返し報告されています5。小胸筋は烏口突起と第3〜5肋骨をつなぎ、肩甲骨を内旋・下方回旋・前傾させる方向に引きます。安静時の小胸筋の長さが短い健康な人では、腕を挙げるときの後傾が小さく、内旋が大きくなっていました5。
さらに掘り下げる
肩甲上腕リズム:2:1から三次元の動きへ
腕を挙げるときの肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の動きの比(肩甲上腕リズム)は、古典的には2:1と説明されてきました。肩甲骨に骨のピンでセンサーを直接固定した研究(健康な8人)では、肩甲骨面での挙上で、肩甲骨は平均50度上方回旋し、30度後傾し、24度外旋しました。肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の比は平均1.7:1でした4。正常な肩甲骨の動きは、上方回旋だけでなく、3つの軸のまわりの大きな回転からなります4。
研究をまとめると、腕を挙げるとき、鎖骨はわずかに挙上して後退し、肩甲骨は胸郭に対して上方回旋と後傾をします。もっとも大きいのは上方回旋です。内旋・外旋は人や挙げる面によるばらつきが大きく、挙上の終わりには外旋が加わると考えられていますが、データはまだ限られています5。腕を下ろすときは、同じ動きが少し違う経過で逆向きに起こります4。つまり、比の数字は人、挙げる面、負荷によって変わる目安で、決まった正解の値ではありません。
三角筋と腱板の力を、ベクトルで読む
腕を体の横に下ろした位置から三角筋が収縮すると、その力の作用線は上腕骨の長軸に近い向きになります。筋の力 F が関節窩の面となす角度を θ とすると、面に沿う成分(骨頭を上へずらす力)は F cos θ、面に垂直な成分(骨頭を関節窩へ押しつける力)は F sin θ と分けられます(ベクトルと力の読み方)。腕を下ろした位置の三角筋では θ が小さく、骨頭を上へずらす成分が大きくなります。
棘下筋・小円筋・肩甲下筋は、骨頭を関節窩へ引きつけ、やや下へ引く向きに働きます。これらの力が加わると、関節に加わる力の合計(関節反力)が関節窩の中へ向き、骨頭は中心にとどまりやすくなります。前述の実験の数字を使うと、関節唇が残っている条件では、横向きの力が押しつける力のおよそ0.6倍(方向によって異なり、これはもっとも大きい上下方向の値)までは骨頭がずれにくいことになります2。押しつける力が大きいほど耐えられる横向きの力も大きくなるという関係は、摩擦の上限の式 F摩擦 ≦ μ × N(摩擦とトラクション)と同じ形をしており、くぼみの深さが摩擦係数のような役割をしています。ただし、これは死体の肩を一定の条件で調べた結果で、生きた人の肩の安全域をそのまま示すものではありません。三角筋と腱板の組み合わせを「フォースカップル」と呼ぶのは、こうした力の組み合わせを説明するためのモデルです。
肩峰下の空間
肩峰下の空間には、棘上筋の腱、肩峰下包、上腕二頭筋の長頭の腱があります。これらが烏口肩峰アーチの下で圧迫されたり刺激されたりすることを、肩峰下インピンジメントと呼んできました5。解剖の位置関係から、腕を挙げるときの肩甲骨の上方回旋や後傾が小さいと空間が狭くなり、上腕骨の外旋は大結節が肩峰の下を通りやすくすると、一般に考えられています5。
ただし、この考えは十分に確かめられていません。死体の肩で肩甲骨の位置を変えた研究では、内旋や後傾を変えても骨頭が上へ動ける余裕に差はなく、上方回旋を大きくすると、予想とは逆に余裕が小さくなりました5。また、肩の痛みのある人に見られる肩甲骨の動きの違いは横断研究によるもので、痛みの原因なのか、痛みや腱板の機能低下を補う動き(代償)なのかは分かっていません5。健康な人に肩甲上神経のブロックを行い、棘上筋と棘下筋の働きを一時的に弱めると、肩甲骨の上方回旋と外旋が大きくなりました5。肩甲骨の動きの違いが、腱板を補うための変化である場合もあるということです。
肩の神経
肩の筋を支配する神経は、腕神経叢とその近くから出ます(腕神経叢)。肩のまわりで傷つきやすい神経のうち、代表的なものとして次の4つを挙げます6。
| 腋窩神経 | 腕神経叢の後神経束から出て、小円筋・大円筋・上腕三頭筋の長頭・上腕骨に囲まれた隙間(外側腋窩隙)を通り、三角筋と小円筋を支配する。肩の外側の皮膚の感覚も伝える。肩の脱臼や上腕骨の骨折で傷つくことがある。 |
|---|---|
| 肩甲上神経 | 腕神経叢の上神経幹(C5・C6)から出て、肩甲切痕(上を上肩甲横靭帯がふさぐ)を通って棘上筋を、肩甲棘の外側を回って棘下筋を支配する。 |
| 長胸神経 | C5〜C7の神経根から出て胸郭の外側を長く下り、前鋸筋を支配する。傷つくと、肩甲骨の内側縁が胸郭から浮き上がる(翼状肩甲)。 |
| 副神経 | 第11脳神経。首の後ろ側の浅いところを通り、僧帽筋を支配する。傷つくと肩が下がり、腕を横へ挙げにくくなる。 |
骨や軟部組織、血管の損傷がはっきりしないのに、痛み・筋力の低下・しびれがある場合は、神経の損傷を疑うべきとされています6。
胸椎の姿勢と肩甲骨
健康な34人を、背中を丸めた座位と背すじを起こした座位で比べた実験では、丸めた姿勢のとき、挙上の0〜90度で肩甲骨がより挙上し、90度から最大挙上までは後傾が小さくなりました7。肩甲骨面での自動の挙上は平均23.6度少なく、腕を水平に挙げた位置での筋力は16.2%低下しました(腕を下ろした位置では差はありませんでした)7。胸椎の後弯が大きい女性では、腕を下ろした位置で肩甲骨の前傾と内旋が大きいことも報告されています5。
ところが、10の研究をまとめた系統的レビューでは、肩の痛みのある人とない人で胸椎の後弯の大きさに差がないという中等度の根拠が示されました8。背すじを起こした姿勢のほうが最大挙上の角度が大きいことには強い根拠がありましたが、これは1回の測定の研究にもとづくもので、長期的な臨床の意味は分かっていません8。胸椎の姿勢は、その場の肩甲骨の動きと可動域を変えます。しかし、後弯そのものが肩の痛みの主な原因だとは言えません。胸郭の構造は胸郭の成り立ち、足元からのつながりは足元から胸郭と肩へで扱います。
セラピストが見るべきこと
| 4つの関節 | 胸鎖関節・肩鎖関節の圧痛と動き、腕を挙げるときの鎖骨の挙上と後退、肩甲骨の上方回旋と後傾を左右で比べる4,5。 |
|---|---|
| 可動域の出どころ | 上腕と体幹の角度だけでなく、そのうちどれだけを肩甲骨が担っているか。腱板の機能が落ちると、肩甲骨の上方回旋が大きくなって補うことがある5。 |
| 不安定感の位置 | 中間の範囲での不安定感は、腱板による押しつけの不足を考える。外転・外旋の終わりの位置での不安定感や脱臼の既往は、下関節上腕靭帯複合体と関節唇を考える2,3。 |
| 肩甲骨の筋 | 前鋸筋と僧帽筋の働き、小胸筋の短さ、腕を挙げ下ろしするときの肩甲骨の内側縁の浮き上がり5,6。 |
| 神経 | 三角筋・棘上筋・棘下筋のやせ、肩の外側の感覚の低下、はっきりした翼状肩甲。神経の損傷を考え、医療機関での評価につなぐ6。 |
| 胸椎の姿勢 | 背中を丸めた座位と起こした座位で、挙上の角度と症状がどう変わるか。その場の変化と、痛みの原因を分けて記録する7,8。 |
臨床での使い方
根拠の強さを分けて使う
このページで扱った知識は、確かさの段階が異なります。臨床で使うときは、どの段階の知識かを意識します。
胸椎の後弯と肩の痛みの関係は乏しい(中等度の根拠)。背すじを起こすとその場の最大挙上は大きくなる(強い根拠、ただし1回の測定の研究)8。
死体や少人数の健康な人を対象にした実験。関節面の形1、凹面圧縮の数値2、靭帯の役割3、肩甲骨の三次元の動き4、丸めた姿勢での可動域と筋力の低下7。条件の中では確かな結果だが、患者の肩にそのまま当てはまるとは限らない。
肩甲骨の動きの違いが肩峰下の空間を狭くし、痛みの原因になるという考え。横断研究と解剖からの推論にもとづき、反対の結果もある5。
評価と治療へつなぐ
構造の知識は、評価で仮説を立てるために使います。たとえば、他動では腕が挙がるのに自動では挙がりにくい場合は、腱板や肩甲骨を動かす筋の働き、あるいは痛みによる筋の働きの抑えを考えます。他動でも外旋が大きく制限されていれば、関節包の問題を考えます。こうした見分け方は肩の評価の進め方で、運動の選び方は肩の治療の進め方で扱います。肩甲骨の動きの違いを見つけたときも、すぐに「直すべき異常」と決めず、症状との関係や、腱板を補っている動きではないかを確かめます5。
転倒などのあとに腕を動かせない、肩の形が変わった、急に力が入らなくなった、肩や腕の筋がやせてきた、しびれが広がるといった場合は、骨折・脱臼・腱板の断裂・神経の損傷を考え、施術や運動より先に医療機関での評価を優先します6。詳しくはレッドフラッグ・安全管理を参照してください。
患者説明への変換
肩は、腕の骨と肩甲骨だけでなく、鎖骨と胸の骨組みも一緒に動いて、腕を高く挙げています。肩の奥にある筋は、腕の骨の丸い頭を受け皿に引きつけて、動いている間も関節の中心を保っています。
姿勢の話をするときは、「猫背だから肩が痛い」と原因を決めつけないようにします。背中を起こすとその場で腕が挙げやすくなる人は多いのですが、それは肩甲骨が動ける条件が変わったためで、痛みの原因が姿勢だけにあるという意味ではありません。患者には、「背中を起こしたときに腕の挙げやすさがどう変わるか、一緒に確かめてみましょう」と、試して反応を見る形で伝えます。
肩甲骨の動きに左右差が見つかった場合も、「ずれている」「歪んでいる」という言葉は使いません。「腕を挙げるときの肩甲骨の動き方に違いがあります。痛みをかばう動きのこともあるので、症状との関係を見ていきましょう」と、評価の途中であることを伝えます。安定の仕組みを説明するときは、「肩の奥の筋が、腕の骨を受け皿に押さえる役目をしています」と、具体的な動きの言葉で伝えると、運動の目的を理解してもらいやすくなります。
