本文ノート
リン酸化とは、キナーゼ(リン酸化酵素)がATPからリン酸基を1つ取り、タンパク質の決まったアミノ酸(セリン、トレオニン、チロシン)に付ける反応です。リン酸基はマイナスの電荷を持つため、付くとタンパク質の形や、ほかの分子との結びつき方が変わります。イオンチャネルや受容体であれば、開きやすさ、開いている時間、細胞膜にとどまる量が変わります。ホスファターゼ(脱リン酸化酵素)がリン酸基を外せば、元の性質に戻ります。リン酸化は、細胞の働きを数秒から数分で切り替える、付け外しのできるスイッチです。
痛みの感度が上がるとき、このスイッチが侵害受容器でも脊髄でも中心的な役割を果たします2,5。WoolfとSalterは、痛みの感度を上げる神経の変化を、次の3つに分けて整理しました1。
| 活性化 | 刺激そのものに対する、その場の反応。刺激が止まれば終わる。 |
|---|---|
| 修飾 | リン酸化のように、すでにあるタンパク質の性質が変わる。比較的短い時間で起こり、元に戻りうる。 |
| 変容 | 遺伝子の発現や、神経のつながりそのものが変わる。長く続く変化。 |
このページで扱う仕組みの多くは、細胞や動物の実験で確かめられたものです。ヒトの臨床で、ある部位のリン酸化を直接測ることはできません。臨床では、痛みの時間経過や広がりを考えるための枠組みとして使います。
少し掘り下げる
末梢:侵害受容器の感度を上げる
炎症の場では、プロスタグランジンE2、ブラジキニン、神経成長因子(NGF)などが増えます。これらは侵害受容器の受容体に結合し、細胞の中でキナーゼを働かせます2,3。
- PKA:プロスタグランジンE2はサイクリックAMPを増やしてPKAを働かせます。PKAはナトリウムチャネルNav1.8や、熱を感じるTRPV1をリン酸化し、少ない刺激で活動電位が出やすくなります3。
- PKC:ブラジキニンはPKCを介してTRPV1をリン酸化します。TRPV1はふだんおよそ43℃以上の熱で開きますが、リン酸化されるとより低い温度でも開きやすくなります2。PKCによるリン酸化はTRPV1を直接開くのではなく、開きやすくする(感作する)ことが、リン酸化される部位を一つずつ調べた実験で示されています4。
詳しい流れは末梢感作で扱います。
脊髄:シナプスの伝わりやすさを上げる
強い侵害入力が続くと、脊髄後角のニューロンにカルシウムイオンが流れ込み、PKC、CaMKII、ERKなどが働きます5。
- NMDA受容体:PKCやSrcファミリーのキナーゼにリン酸化されると、マグネシウムイオンによるふさがりが外れやすくなり、カルシウムがさらに流れ込みやすくなります5。
- AMPA受容体:CaMKIIやPKCにリン酸化されると、1つの受容体を流れる電流が増え、細胞膜へ運ばれる受容体の数も増えます5。
その結果、同じ入力に対して後角のニューロンが強く反応するようになります。これが中枢性感作の分子のレベルの説明の一つです。
さらに掘り下げる
ERKとCREB:短い変化から長い変化へ
ERK、p38、JNKはMAPキナーゼと呼ばれる仲間で、どれもリン酸化されて働きます。組織や神経の損傷のあと、3つとも痛みの感度を上げることに関わり、遺伝子の転写を介さない短い調節と、転写を介する長い調節の両方を担います6。脊髄後角では、侵害入力によってERKが働き、グルタミン酸受容体やカリウムチャネルの働きを変え、さらに遺伝子の転写を引き起こします6。働いたキナーゼは転写因子CREBなどをリン酸化し、痛みに関わるタンパク質の遺伝子の発現を変えます5。こうして、数分の単位のリン酸化の変化が、遺伝子の発現を伴う長く続く変化(変容)へつながると考えられています1,5。神経の損傷のあとには、グリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)でもMAPキナーゼが働き、炎症を起こす物質を作って痛みを強め、長引かせます6。動物実験では、これらの経路を止めると炎症性や神経障害性の痛みが弱まることが示されています6。
一度の炎症が、次の痛みを変える:プライミング
一度の急な炎症や環境のストレスのあと、侵害受容器が炎症の物質(サイトカイン)に長く過敏な状態になる現象が、動物で見つかっています。「痛覚過敏性プライミング」と呼ばれ、PKCεと、細胞の中の信号の経路の切り替えに依存します7。繰り返す負傷に伴う痛みや、広範な痛みを理解する手がかりとして提案されていますが7、ヒトで同じ仕組みが働いているかは、まだ確かめられていません。「前のけがのあとから、同じ場所が痛みやすい」という訴えを、仕組みの面から考える仮説として持っておくのが適切です。
鎮痛薬の効き方:オピオイド受容体のリン酸化
リン酸化は、痛みを抑える側にも関わります。モルヒネなどが結合するμオピオイド受容体は、刺激を受け続けるとリン酸化され、反応が弱まったり(脱感作)、細胞の中へ取り込まれたりします8。こうした変化は、オピオイドを続けて使うと同じ量では効きにくくなる耐性の一因と考えられています。ただし、どの仕組みがどれだけ耐性に寄与するかには、まだ議論が残っています8。
セラピストが見るべきこと
| 時間経過 | 過敏さが数時間〜数日で引いていくか、週をまたいで続くか。短い変化が中心か、長い変化が加わっていそうかを考える手がかりになる1。 |
|---|---|
| 炎症のサイン | 熱感、腫れ、発赤、安静時の痛み。末梢でのリン酸化による感作が起こりやすい状態2,3。 |
| 広がり | 損傷部位の外まで過敏さが広がっているか。脊髄での変化を考える5。 |
| 繰り返し | 同じ部位のけがの既往や、ささいなきっかけで再燃するパターン。プライミングのような長い変化を仮説として考える7。 |
| 服薬 | 鎮痛薬の種類と使い方の変化。効きにくくなっている訴えは医師に共有する8。 |
臨床での使い方
枠組みとして使い、測れるものと区別する
リン酸化は臨床で測れません。使い方は、「いまの過敏さは、元に戻りうる比較的短い変化が中心か、それとも長く続く変化が加わっていそうか」という仮説を立て、時間経過や負荷への反応で確かめることです。仕組みの名前を患者の診断のように使うことは避けます。
付け外しのできる変化として説明する
感度が上がる仕組みの多くが付け外しのできる変化であることは、「壊れているから痛い」という理解に代わる説明の土台になります。ただし、長い変化まで進んだ痛みもあり、すぐに戻ると約束することはできません。負荷を急に増やさず、反応を見ながら少しずつ調整するという方針と組み合わせて使います。
患者説明への変換
痛みの神経には、感度のつまみのような仕組みがあります。炎症やくり返しの刺激でつまみが上がると、ふだんなら平気な刺激でも痛みやすくなります。このつまみは、上がるだけでなく、下がる方向にも動きます。
患者には、痛みが強いことと、組織が大きく壊れていることは、必ずしも同じではないと伝えます。そのうえで、「つまみを無理に下げる」のではなく、炎症が落ち着くのを待ちながら、反応を見て負荷を少しずつ調整していくことを共有します。
長く続いている痛みでは、「つまみが上がった状態が長く続いていて、下げるのにも時間がかかることがある」と伝えると、すぐに良くならないことへの不安を和らげやすくなります。回復の時期を約束するのではなく、一緒に経過を見ていくことを大切にします。
