本文ノート
急性痛と慢性痛は、単純に「短い痛み」と「長い痛み」に分けるだけでは臨床で使いにくい概念です。それでも、時間の区切りには意味があります。IASPがWHOと協力して作ったICD-11の分類では、慢性痛を「3か月を超えて持続する、または繰り返す痛み」と定義しました1。これにより、慢性痛を独立した健康問題として記録し、統計や医療制度で扱えるようになりました。
- 慢性一次性疼痛:3か月を超えて続き、著しい情動的苦痛や機能障害を伴い、他の疾患ではよりよく説明できない痛みです。線維筋痛症や非特異的腰痛の一部が含まれ、痛みそのものを病態として扱います1,2。生物学的要因や心理的要因が見つかっても、他の診断がよりよく説明しない限り、この診断は成り立ちます2。
- 慢性二次性疼痛:がん関連、神経障害性、内臓、外傷後・術後、頭痛・口腔顔面、筋骨格系の6つの群で、基礎疾患に続発し、少なくとも初期には症状として扱われる痛みです1。
急性痛は、組織の損傷や炎症と結びつけて考えやすく、生存に役立つ警告の役割を持っています4。慢性痛は、それとは異なり、疾患として扱うのがよいと考えられるようになってきました4。慢性痛は世界の人口の30%以上が経験しているとする研究もあり、痛みが心理的苦痛や睡眠の問題を招くだけでなく、その関係が双方向であることも指摘されています4。
臨床でよく起きる迷いは、痛みが長引いている人に対して、いつまで患部を守る説明を続けるのか、いつから活動量や生活リズムへ話を広げるのか、という点です。急性期の保護は必要ですが、保護の説明が長く続くと、動くことへの怖さや回避行動が強まる場合があります5。逆に、炎症やレッドフラッグを確認しないまま「動けば大丈夫」と言うのも安全ではありません。
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腰痛の経過のデータ
33のコホート研究(約1万1千人)を統合したメタ解析では、急性腰痛の痛み(100点満点)は、発症時の平均52点から、6週で23点、26週で12点、52週で6点へと下がりました3。すでに長引いている持続性腰痛では、51点から6週で33点、26週で26点、52週で23点でした3。どちらも最初の6週間で大きく下がり、その後の下がり方は緩やかになり、1年後にも軽度から中等度の痛みと機能障害が残る人がいます。特に持続性腰痛でその傾向がありました3。
この数字は、急性期の患者に「多くの場合、最初の数週間で痛みは大きく減る」と伝える根拠になります。同時に、平均の経過であって個人の経過を保証するものではない、という点も忘れないようにします。
恐怖回避モデル
長引く痛みを理解する枠組みの一つが、恐怖回避モデルです5。痛みを「体が壊れている証拠」と破局的に解釈すると、痛みへの恐怖が強まり、動作の回避と体への過剰な警戒が増えます。回避が続くと活動量が落ち、体力と自信が下がり、気分も落ち込み、痛みがさらに続きやすくなります。反対に、痛みを脅威として受け取りすぎなければ、活動に向き合うことができ、回復につながりやすいと考えます5。このモデルは筋骨格系の慢性痛で多くの研究がありますが、すべての人に当てはまる一本の経路ではなく、評価の視点として使います。詳しくは恐怖回避で扱います。
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なぜ痛みは長引くのか
急性期には、プロスタグランジン、ブラジキニン、サイトカインなどが侵害受容器の反応性を高めます(末梢感作)。痛みが長引く過程では、脊髄後角の可塑性(中枢性感作)、下行性疼痛調節の変化、睡眠の乱れ、活動量の低下、恐怖と回避の学習などが、痛みの振れ幅を変えることがあります4,5。機序の面では、侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性の要素が、患者の中でも患者の間でも重なり合います4。
ここで守るべき原則は、慢性痛を「炎症が残っている」だけで説明しないことです。炎症が続く疾患もありますが、痛みが長引く理由は一つではありません。反対に、「長引いているから組織の問題はない」と決めつけることも避けます。慢性二次性疼痛のように、基礎疾患が痛みを生み続けている場合もあるからです1。
回復を支える要因
慢性化を促す要因がよく知られている一方で、情緒的な支えや良好な健康状態など、回復を支える要因(レジリエンス)もあります4。生活の質の指標や神経の可塑的な変化も、適切な痛みの管理で元に戻りうると考えられています4。評価では、悪い要因だけでなく、本人が持っている支えや強みも書き出します。
層別化:支援の量を変える
腰痛の患者すべてに同じ量の支援をするのではなく、予後の見込みで分けて支援を変える方法があります。STarT Back試験では、短い質問票で低・中・高リスクに分け、リスクに応じた支援を行った群で、通常のケアより4か月後と12か月後の機能障害が小さく(12か月後の効果量は0.19と小さめ)、費用も抑えられました6。英国のガイドラインは、新しい腰痛のエピソードごとにリスク層別化の利用を検討し、良好な経過が見込まれる人には安心の提供・活動を続ける助言・セルフマネジメントの指導を、経過不良のリスクが高い人にはより手厚い支援を行うよう勧めています8。
慢性一次性疼痛の管理の方向
慢性一次性疼痛について、英国のガイドラインは、痛みに関わる要因と生活への影響を本人中心に評価したうえで、監督下での集団運動プログラムを提供し、訓練を受けた専門職による認知行動療法(CBT)またはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)、条件つきで鍼治療を検討するよう勧めています7。一方で、経皮的電気神経刺激(TENS)、超音波療法、干渉波療法は効果の根拠がないとして行わないよう勧め、NSAIDs、オピオイド、アセトアミノフェン(パラセタモール)などの多くの鎮痛薬も新たに始めないよう勧めています7。薬の判断は医師の役割ですが、セラピストが「運動と活動を続けること」の位置づけを理解しておくと、説明に一貫性が出ます。
セラピストが見るべきこと
| 時期 | いつからか。3か月を超えているか。繰り返しているか。前回のエピソードとの違い。 |
|---|---|
| 急性期の安全 | 外傷、炎症、発熱、強い神経症状、全身症状の有無。必要なら医療連携を先に。 |
| 長引く要因 | 痛みを避けて活動量が落ちていないか。睡眠、気分、不安、仕事の状況はどう変わったか。 |
| 予後の手がかり | 痛みへの恐怖、破局的な解釈、気分の落ち込み、広い範囲の痛み、仕事への不安。層別化の質問票も参考にする。 |
| 生活機能 | 歩行、仕事、家事、趣味、セルフケアのどこが止まっているか。何が戻れば生活が楽になるか。 |
| 支えと強み | 家族や職場の支え、続けられている活動、これまでうまくいった対処。 |
臨床での使い方
急性期
急性痛では、まず安全確認と刺激量の調整を行います。強い外傷、感染を疑う所見、進行する神経症状があれば医療連携を優先します。そうしたサインがない場合は、平均的な経過(最初の数週間で大きく下がることが多い)を伝え、痛みの範囲内で日常の活動を続けるよう助言します3,8。炎症や過負荷が強い時期には、痛みを押して運動量を増やすより、反応が落ち着く条件を作ります。
長引いている時
慢性痛では、患部だけでなく生活の流れを評価します。朝がつらいのか、仕事後に増えるのか、睡眠が崩れているのか、怖くて避けている動作があるのか。患者が「また痛くなったら困る」と考えて活動を狭めている場合、身体機能の評価と同じくらい、説明の言葉が重要になります5。
活動を戻す時は、痛みが完全に消えてからではなく、悪化しにくい量を見つけながら進めることがあります。これは痛みを無視するという意味ではありません。翌日の反応、疲労、睡眠、本人の安心感を見ながら、戻す活動の種類と量を調整します。具体的な方法はペーシングで扱います。
患者説明への変換
痛みが長く続く時は、傷だけでなく、体の警戒、睡眠、活動量、生活の不安が重なっていることがあります。危ないサインを確認したうえで、痛みが強くなりすぎない範囲から生活を戻す順番を一緒に考えます。
急性期の患者には、「腰痛の多くは、最初の数週間で痛みが大きく減ることが分かっています。その間も、痛みの範囲で普段の動きを続ける方がよいとされています」と伝えます。ただし、「必ず良くなる」とは言いません。「この点が変わったら、もう一度確認しましょう」と、再評価の目安を一緒に決めます。
慢性痛の患者には、「長引いているから何もできない」ではなく、「長引いているからこそ、痛みを増やしにくい条件と、生活で戻したいことを一緒に整理しましょう」と伝えます。「慢性」という言葉は、あきらめのための名前ではなく、組織だけでなく生活全体を見直す合図として説明します。
