本文ノート
IASPは中枢性感作を「中枢神経系の侵害受容ニューロンの、正常な入力や閾値以下の入力に対する反応性の増加」と定義しています1。内因性の疼痛抑制の働きが低下して反応性が増す場合も含まれます1。感作という言葉には重要な注記があります。感作は、刺激を制御して神経の反応を測るなど、入力と出力の両方が分かる条件でのみ使える神経生理学の用語であり、臨床では痛覚過敏やアロディニアといった現象から間接的に推定するしかない、というものです1。
中枢性感作の概念は、1983年の動物実験から始まりました。損傷の後に生じる痛みへの過敏さに、末梢だけでなく脊髄の変化という中枢の要素があることが示されたのです2。その後の研究で、侵害受容器からの入力が、中枢の侵害受容経路のニューロンの興奮性とシナプスの伝達効率を、長く続くが可逆的な形で高めうることが明らかになりました4。
中枢性感作が起きると、次のような痛みの過敏さが現れます4。
- 筆やガーゼでなでるだけで痛い(動的触覚アロディニア)
- 損傷部位の周りの傷んでいない部位で、とがった刺激や圧で痛みが強い(二次性痛覚過敏)
- 刺激をやめた後も痛みが残る(後感覚)
- 同じ刺激を繰り返すと痛みがどんどん増す(時間的加重の増強)
これらは健康な人でも実験的な痛み刺激で短時間に誘発できます。臨床では、線維筋痛症、変形性関節症、広範な痛覚過敏を伴う筋骨格系の疾患、頭痛、顎関節症、神経障害性疼痛、内臓の過敏性疾患、術後痛などで、中枢性感作の関与が示唆されています4。
ここで慎重になるべき点が3つあります。1つ目は、臨床で「中枢性感作がある」と確定する検査はまだないことです。2011年の総説自身が、診断基準と客観的なバイオマーカーの確立を今後の課題として挙げています4。2つ目は、研究者の間でも定義や測り方が一致していないことです。系統的レビューでは、「中枢神経系の過剰な興奮性」という核は共通していたものの、それ以外の要素は研究ごとに異なり、測定法の臨床的な価値はまだ定まっていないと結論されています6。3つ目は、中枢性感作と痛覚変調性疼痛は同じ意味ではないことです8。中枢性感作は神経生理学の機序の名前、痛覚変調性疼痛は臨床的な痛みの記述語であり、混同しないことが勧められています8。
それでも、この概念を知っていることは臨床で役立ちます。痛みが長く続く、範囲が広がる、軽い刺激でも強く痛む、疲労や睡眠不足で反応が大きく変わる、という場面で、患部だけを見ても説明しきれない要素を評価に入れられるからです。
少し掘り下げる
末梢感作との違い
末梢感作では、損傷部位の侵害受容器そのものの閾値が下がります(末梢感作)。中枢性感作では、末梢のニューロンは正常に働いていて、変化は中枢のニューロンで起きています1。その結果、痛みが損傷部位を越えて広がったり、本来は痛みを運ばない触覚の線維(Aβ線維)からの入力まで痛みとして処理されたりします3。
何が感作を保っているか
中枢性感作は「一度起きたら固定される」ものではありません。総説では、侵害受容入力によって引き起こされ、入力が続くことで維持され、可逆的な現象として描かれています3,4。このため、局所に炎症や組織の過負荷が残っていれば、それが中枢の過敏さを保つ入力になりえます。中枢性感作を考える時も、局所の評価をやめる理由にはなりません。
疾患をまたぐ共通点
さまざまな慢性痛で、局所と広範な感作、中枢での加重の増強、下行性疼痛調節の変化という共通の特徴が、定量的感覚検査(quantitative sensory testing:以下、QST)で調べられています5。ただし、その現れ方は疾患ごとに異なり、評価の方法も一様ではありません5。
さらに掘り下げる
ワインドアップと異シナプス性増強
C線維を一定以上の頻度で繰り返し刺激すると、刺激の強さは同じでも、脊髄後角ニューロンの反応が刺激ごとに増えていきます。これがワインドアップで、刺激の列が続く間だけ見られる短い増強です3。中枢性感作の中心はもう一歩進んだ変化で、強いC線維入力の後に、その入力とは別の経路(触覚を運ぶAβ線維や、周囲の皮膚からの入力)に対する反応まで強くなります。これを異シナプス性増強と呼び、触れるだけで痛いアロディニアや、損傷部位の外に広がる二次性痛覚過敏の説明になります3。
NMDA受容体と細胞内の変化
脊髄後角では、グルタミン酸がまずAMPA受容体を介して速い興奮を起こします。N-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDA受容体)は、静止時にはマグネシウムイオンでふさがれていますが、強い入力で細胞膜が脱分極するとこのふたが外れ、カルシウムイオンが流れ込みます3。流入したカルシウムはプロテインキナーゼC(PKC)、カルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)などを働かせ、受容体のリン酸化や細胞膜への受容体の追加を通じて、シナプスの伝達効率を高めます3。1991年の研究で、中枢性感作の誘導と維持がNMDA受容体の活性化に依存することが示され、この受容体は中枢性感作の鍵の一つとされています3。
抑制の低下とグリア細胞
後角には、γ-アミノ酪酸(GABA)やグリシンを使う抑制性の介在ニューロンがあり、痛みの信号にブレーキをかけています。神経損傷などの後には、この抑制が弱まることがあります3。活性化したミクログリアから放出される脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:以下、BDNF)が、ニューロンの塩化物イオンの輸送体(KCC2)を減らし、本来は抑制として働くGABAの作用を弱める、という仕組みが動物研究で示されています3。アストロサイトや炎症性サイトカイン、脳幹からの下行性促通も、感作の維持に関わります3。
臨床での推定方法
研究では、痛む部位から離れた部位の圧痛閾値、反復刺激による痛みの増え方(時間的加重)、条件刺激による疼痛調節(conditioned pain modulation:以下、CPM)などをQSTで測り、中枢の処理の変化を推定します5。臨床では簡易な形として、反対側や離れた部位の圧痛を比べる、同じ圧を数回繰り返して痛みの増え方を聞く、刺激後に痛みが残る時間を聞く、といった観察ができます。ただしこれらは推定であり、単独で中枢性感作を確定するものではありません1,6。
質問票の一つであるCentral Sensitization Inventory(CSI)は、慢性痛の患者で心理的苦痛と広範な痛みの両方が点数のばらつきに大きく寄与していました7。CSIは症状の広がりや負担を把握する道具にはなりえますが、中枢の感作そのものを測る検査ではありません。
セラピストが見るべきこと
| 広がり | 痛む範囲が局所から広がっているか。損傷部位の外や反対側にも圧痛・過敏があるか。 |
|---|---|
| 過敏の質 | なでるだけで痛い、衣服や寝具が触れると痛い、刺激後に痛みが残る、繰り返すと増える。 |
| 局所の入力 | 炎症、組織の過負荷、関節の反応など、感作を保つ入力が残っていないか。 |
| 変動の要因 | 睡眠、疲労、活動量の急な増減、仕事や生活のストレスで、痛みの振れ幅がどう変わるか。 |
| 道具の限界 | 質問票や簡易検査の結果は、機序の確定ではなく仮説の材料として記録する。 |
| 医療連携 | 中枢性感作らしさがあっても、レッドフラッグや進行する神経症状は別に扱う(レッドフラッグ)。 |
臨床での使い方
見立ての置き方
中枢性感作は「診断名」ではなく、「中枢の処理の変化が痛みに関わっている可能性」という仮説として置きます。痛みの広がり、触覚過敏、疲労、睡眠の乱れ、刺激後の残り方を合わせて見て、局所の評価も続けます。強い外傷、進行する神経症状、発熱、夜間の安静時痛、排尿排便の異常などは、この仮説より先に確認します。
介入の方向
具体的には、痛みをゼロにする目標よりも、反応の振れ幅を小さくする目標を置きます。睡眠を崩さない活動量、翌日に残りにくい運動量、怖さが強くならない説明、少し達成できる課題を選びます。強い施術刺激や急な運動量の増加で一時的に変化が出ても、患者が自分で再現できなければ、生活の変化にはつながりにくいことがあります。痛みの仕組みの説明は痛みの神経科学教育、睡眠との関係は睡眠と痛みで扱います。
言葉を選ぶ
「中枢」「脳」という言葉は、患者には「身体には問題がないと言われた」「気持ちの問題にされた」と受け取られることがあります。臨床家どうしで使う言葉と、患者に伝える言葉を分けておきます。
患者説明への変換
痛みが長く続くと、痛みの信号を受け取って処理する神経の側で、警報の感度が上がることがあります。体が嘘をついているのではなく、小さな信号も大きく受け取りやすい状態です。危ないサインを確認したうえで、睡眠、活動量、動き方を少しずつ整えていきましょう。
患者には、「痛みが本物であること」と「危険の大きさと痛みの強さがいつも一致するわけではないこと」を両方伝えます。たとえば、「体が守ろうとする反応が強く出ているのかもしれません。無理に慣らすのではなく、反応が大きくなりすぎない量を探します」と説明します。
「感度は変わりうるもので、ずっと固定されるものではないと考えられています」と添えると、長引く痛みに対する見通しを持ちやすくなります。ただし、良くなる時期や程度は約束しません。何をすると振れ幅が小さくなるかを、本人と一緒に記録しながら確かめます。
