本文ノート
IASPは神経障害性疼痛を「体性感覚神経系の病変または疾患によって生じる痛み」と定義しています1。注記には、これは診断名ではなく臨床的な記述であり、神経学的な診断基準を満たす病変や疾患が確認できることを必要とする、と書かれています1。さらに、触れると痛いといった症状や所見があるだけでは、この用語を使う根拠にならないとも明記されています1。
かつての定義は「神経系の一次的な病変または機能障害」でした。しかし「機能障害」という言葉では、炎症に伴う正常な神経の可塑性(たとえば中枢性感作)との境界があいまいになります。2008年に、対象を「体性感覚神経系」の「病変または疾患」に絞った定義が提案され、現在の定義の土台になりました2。
神経障害性疼痛は一般人口の7〜10%が経験すると推定されています4。ICD-11の慢性痛分類では、末梢性として三叉神経痛、末梢神経損傷、有痛性多発神経障害、帯状疱疹後神経痛、有痛性神経根障害、中枢性として脊髄損傷や脳損傷による痛み、脳卒中後の痛み、多発性硬化症に伴う痛みが挙げられています5。足を診る現場では、糖尿病による多発神経障害、足根管などでの神経の絞扼、腰椎の神経根障害による下肢の痛みに出会う機会があります。
確からしさの段階づけ
専用の診断検査がないため、神経障害性疼痛は確からしさを段階で判断します2,3。
- possible(可能性あり):関連する神経の病変・疾患の既往があり、痛みの分布が神経解剖学的に自然である。
- probable(おそらく):上記に加え、同じ分布に感覚の異常(低下または過敏)が診察で確認される。
- definite(確実):上記に加え、画像、神経伝導検査、皮膚生検などで、痛みを説明する病変や疾患が確認される。
possible は作業仮説であり、神経障害性疼痛を否定も診断もしない段階です2。また2016年の改訂では、definite であっても、確認された病変が痛みの原因であるとは限らないという注意が加えられました3。セラピストが現場で到達できるのは多くの場合 possible〜probable の推定であり、definite の判断には医療機関での検査が必要です。
神経症状の知識は、説明力だけでなく「止まる判断」に直結します。しびれが広がる、足に力が入りにくい、つまずきやすい、歩きにくい、排尿排便の感覚が変わる、といった変化がある時は、施術や運動指導で様子を見るより、医療機関での評価を優先します。
少し掘り下げる
陽性所見と陰性所見
神経障害性疼痛の特徴は、感覚の「低下」と「過剰」が同じ範囲に同時に現れうることです4。陰性所見は、触覚、痛覚、温度覚、振動覚の低下や消失です。陽性所見は、焼けるような持続痛、電気が走るような発作痛、ジンジン・チクチクする異常感覚、触れるだけで痛いアロディニア、痛覚過敏です。「感覚が鈍いのに痛い」という一見矛盾した訴えは、神経の病変を疑う手がかりになります。
分布を読む
分布は、障害部位の推定に欠かせません。末梢神経の障害では、その神経の支配領域に症状が現れます。神経根の障害では、デルマトーム(皮膚分節)に沿った帯状の範囲に症状が出やすく、筋力低下や腱反射の変化を伴うことがあります。長さに依存する多発神経障害では、最も長い軸索の末端から障害が現れるため、症状は足先から始まり、靴下をはく範囲から上へ広がり、やがて手にも現れます。患者が示す範囲は教科書通りではないこともありますが、2016年の改訂でも「神経解剖学的に自然な分布」の判断が実用上の課題として挙げられており3、丁寧に描いてもらうこと自体に意味があります。
スクリーニング質問票
DN4は、問診7項目(灼熱感、冷たい痛み、電気ショックのような痛み、ジンジン感、チクチク感、しびれ、かゆみ)と診察3項目(触覚の低下、痛覚の低下、なでることで誘発される痛み)の計10項目からなる質問票で、神経障害性と非神経障害性の痛みを見分ける道具として開発されました6。ただし系統的レビューでは、複数の質問票の測定特性はいずれも限られており、DN4と Neuropathic Pain Questionnaire が比較的臨床に適しているものの、丁寧な臨床評価の代わりにはならないと結論されています7。
さらに掘り下げる
神経が損傷されると何が起きるか
神経障害性疼痛の背景には、興奮性と抑制性の体性感覚信号の不均衡、イオンチャネルの変化、中枢での痛みの調節の変化があります4。損傷した末梢神経や後根神経節では、電位依存性ナトリウムチャネルの発現や分布が変わり、刺激がないのに活動電位が生じる異所性発火が起こります。これが自発痛や発作痛の一因になります。脊髄後角では、損傷側からの持続的な入力に加えて、抑制性の介在ニューロンの働きの低下、ミクログリアの活性化と炎症性物質の放出が、痛みの増幅と維持に関わります4。
感覚検査を物理量で見る
糖尿病のある人の足の診察では、感覚検査の一部として10 gのモノフィラメントを使うことが勧められています8。モノフィラメントは、皮膚に押し当てて曲がり始めた時点で、ほぼ一定の力がかかるように作られています。「10 g」は質量ではなく力の目安(グラム重)で、ニュートンに直すと F = m × g = 0.010 kg × 9.8 m/s² ≈ 0.098 N、つまり約0.1 Nです。決まった力で調べるからこそ、日をまたいだ比較や検者間の比較ができます。
段階づけとセラピストの役割
段階づけの考え方は、セラピストの記録にもそのまま使えます。「腰椎術後の既往あり、右L5領域に一致する痛みとしびれ(possible)、同領域の触覚低下と母趾背屈の筋力低下あり(probable の所見)」のように、既往、分布、所見を分けて書くと、医療機関への情報提供が具体的になります。definite の判断と、薬物療法や検査の選択は医師の役割です。
セラピストが見るべきこと
| 痛みの質 | 焼ける、電気が走る、ジンジン・チクチクする、針で刺すような、触れるだけで痛い。言葉をそのまま記録する。 |
|---|---|
| 既往 | 糖尿病、帯状疱疹、腰椎・頸椎の疾患や手術、外傷、化学療法、脳卒中、多発性硬化症など。 |
| 分布 | 末梢神経、神経根(デルマトーム)、靴下・手袋型など、神経解剖学的に説明できる範囲か。本人に描いてもらう。 |
| 感覚所見 | 同じ範囲で、触覚・痛覚・温度覚・振動覚の低下(陰性所見)と、アロディニア・痛覚過敏(陽性所見)を確かめる。 |
| 運動機能 | 筋力低下、腱反射の変化、つまずき、歩行の変化、細かい手の動作の変化。 |
| 連携が必要なサイン | 進行するしびれや筋力低下、両側に急に出た症状、歩行困難、排尿排便の変化、会陰部の感覚低下。糖尿病のある人の足の傷・感染・熱く腫れた足。 |
臨床での使い方
押す前、伸ばす前に整理する
神経障害性疼痛が疑われる時は、痛い場所を強く押したり、しびれる範囲を伸ばして慣らしたりする前に、症状の全体像を整理します。左右差、感覚の鈍さ、力の入り方、痛みが増える姿勢、夜間の変化、既往歴を聞きます。医療機関ですでに診断や検査を受けている場合は、その内容を患者がどう理解しているかも確認します。
伝え方
説明では、神経が「切れている」「潰れている」と断定する必要はありません。「神経が関わっている可能性があるので、範囲と力の入り方を確認します」と話します。運動や生活上の提案は、進行性の神経症状がないことを確かめ、医療連携の必要性を判断した後に置きます。
足を診る場面で
糖尿病のある人では、神経障害で痛みや傷に気づきにくくなっていることがあります。靴と靴下を脱いでもらい、両足の傷、たこ、変形、色の変化、熱感を見ます。潰瘍、感染、壊疽、急な熱感と腫れなど、足の急性の問題がある場合は、専門の多職種チームへの速やかな紹介が勧められています8。詳しくはレッドフラッグ・安全管理を参照してください。
患者説明への変換
神経が関わっている痛みの可能性があります。ここは無理に動かして判断するより、症状の範囲や力の入り方を確認し、必要なら医療機関で詳しく調べてもらいましょう。
続けて、「確認したいのは、危ない変化が進んでいないかです」と加えると、患者は連携の理由を理解しやすくなります。しびれや電気が走る痛みがあっても、すべてが緊急とは限りません。一方で、進む筋力低下や排尿排便の変化は軽く扱いません。安心させることと、必要な受診を勧めることは両立します。
「感覚が鈍いのに痛い」と戸惑っている患者には、「神経が傷つくと、感じにくさと痛みが同じ場所に一緒に出ることがあります。おかしな訴えではありません」と伝えます。本人の体験を説明できる言葉があると、検査や経過観察の提案を受け入れやすくなります。
