本文ノート
IASPは侵害受容を「侵害刺激を符号化する神経の過程」と定義し、痛みの感覚を必ずしも伴わないと注記しています1。侵害刺激とは、正常な組織を損傷する、または損傷のおそれがある刺激のことです。侵害受容器は、その刺激を電気信号に変換して符号化できる、末梢の体性感覚神経系にある高閾値の受容器と定義されています1。「高閾値」とは、ふだんの触れる・押す・温めるといった刺激では反応せず、組織にとって危険になりうる強さで初めて反応するという意味です。
侵害受容は、おおまかに4つの段階で理解できます2。
- 変換:熱、強い圧、化学物質などの刺激を、侵害受容器の末端が電気信号(活動電位)に変える。
- 伝導:信号がAδ線維やC線維を通って脊髄へ向かう。
- 伝達:脊髄後角で次のニューロンへ信号が渡され、脳へ上行する。
- 調節:脊髄と脳のさまざまな部位で、信号が増幅されたり抑えられたりする。
この流れの先で、脳が信号を状況と照らし合わせて処理した結果として、痛みの体験が生じます。IASPが「痛みと侵害受容は異なる現象であり、感覚ニューロンの活動だけから痛みを推測することはできない」と注記しているのはこのためです1。全身麻酔下の手術では侵害受容は起きていても痛みの体験はありませんし、競技中に気づかなかった傷が試合後に痛み出すこともあります。
侵害受容は体を守る仕組みです。電位依存性ナトリウムチャネルの一つであるNav1.7の機能が先天的に失われた人は、痛みを感じにくく、気づかないうちに外傷ややけどを繰り返すことが報告されています4,5。危険を検出する仕組みがないと、体は損傷から自分を守れません。
臨床では、侵害受容の知識を「入力を見る」ために使います。熱感、腫脹、圧痛、動作時痛、負荷後の残り方は、局所の入力がどの程度強いかの手がかりです。一方で、入力だけでは説明しにくい痛みの変動(睡眠不足の翌日に強い、安心すると下がる)がある時は、調節の段階や神経系の感度にも目を向けます。入力と体験を分けて観察すると、介入の順番を決めやすくなります。
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線維の種類と速さ
侵害受容の信号を運ぶ線維には、主にAδ線維とC線維があります2,3。Aδ線維は細い有髄線維で、伝導速度はおおよそ秒速5〜30 m、鋭く場所のはっきりした「一次痛」に関わります。C線維は無髄線維で、伝導速度はおおよそ秒速0.5〜2 m、鈍く広がる、焼けるような「二次痛」に関わります2。触覚や振動を運ぶAβ線維は太い有髄線維で、さらに速く伝わります。
C線維の多くは、熱・機械・化学のいずれの刺激にも反応するポリモーダル侵害受容器です3,5。また、ふだんは機械刺激にほとんど反応せず、炎症が起きると反応し始める線維(サイレント侵害受容器)もあります5。炎症のある関節で、ふだん痛くない動きが痛くなる理由の一つです。
脊髄後角から脳へ
侵害受容線維は脊髄後角の浅い層(I層、II層)や深い層(V層)に入ります4。V層には、弱い触刺激から強い侵害刺激まで、刺激の強さに応じて反応を変える広作動域ニューロンがあります。後角から上行する経路のうち、脊髄視床路は視床を経て体性感覚野へ向かい、場所や強さの識別に関わります。別の経路は脳幹の結合腕傍核などを経て扁桃体や視床下部へ向かい、不快さ、警戒、自律神経の反応に関わります4。痛みの「感覚」と「情動」の両方が生まれる背景には、この並行した経路があります。
さらに掘り下げる
変換を担う分子
侵害受容器の末端には、刺激の種類ごとに異なる受容体やイオンチャネルがあります3,4。一過性受容体電位バニロイド1(transient receptor potential vanilloid 1:以下、TRPV1)は約43℃以上の熱、カプサイシン、酸(プロトン)に反応します。TRPM8は冷刺激やメントール、TRPA1は刺激性の化学物質に反応します。酸感受性イオンチャネル(acid-sensing ion channel:以下、ASIC)は組織の酸性化に、P2X3受容体は損傷した細胞から出るアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:以下、ATP)に反応します。機械刺激の変換には機械受容チャネルが関わりますが、侵害的な機械刺激を担う分子の全体像は研究が続いている段階です3。
受容体で生じた小さな電位変化を活動電位に変えて伝えるのが、電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1.7、Nav1.8、Nav1.9など)です4,5。Nav1.7の機能喪失で痛みを感じにくくなり、機能亢進で手足の灼熱痛(肢端紅痛症)が起こることは、1つの分子が侵害受容の入り口を左右することを示しています4。
後角での伝達
脊髄後角では、侵害受容線維の終末からグルタミン酸が放出され、次のニューロンのα-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソオキサゾールプロピオン酸受容体(以下、AMPA受容体)を介して速い興奮を起こします4。強い入力や繰り返す入力では、サブスタンスPやカルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:以下、CGRP)などの神経ペプチドも放出され、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体(以下、NMDA受容体)の関与とともに、反応が強く長くなる方向に働きます4。この変化が持続した状態が中枢性感作です。
調節:ゲートと下行路
1965年のゲートコントロール理論は、太い線維(触覚など)の入力が後角で侵害受容の伝達を抑えるという考えを示しました7。理論が想定した細かな回路はその後の研究で修正されていますが、「痛みの信号は脊髄の段階で調節される」という考え方は受け継がれています。痛い所を思わずさすると少し楽になる現象は、この考え方で説明されることがあります。
脳から脊髄への下行性調節も重要です6。中脳水道周囲灰白質(PAG)と延髄吻側腹内側部(RVM)を中心とする経路は、内因性オピオイド、セロトニン、ノルアドレナリンを介して後角の伝達を抑えます。RVMには伝達を抑える細胞と促す細胞の両方があり、下行路は痛みを弱めるだけでなく強める方向にも働きます6。情動、不安、注意、過去の経験がこの調節に影響することが示されています6。
セラピストが見るべきこと
| 入力の強さ | 熱感、腫脹、発赤、圧痛、動作時痛、負荷後の残り方。局所の入力がどの程度強いかを見る。 |
|---|---|
| 痛みの時間経過 | 刺激直後の鋭い痛みか、遅れて広がる鈍い痛みか。刺激をやめた後にどれくらい残るか。 |
| 入力と体験のずれ | 局所所見の割に痛みが強い・弱い、睡眠不足や不安で大きく変わる、安心すると下がる、などの変動を聞く。 |
| 調節の手がかり | 注意がそれている時(仕事中、会話中)に楽か、一人で静かな時に強いか。下行性調節や注意の影響を推測する材料になる。 |
| 安全の線引き | レッドフラッグや進行する神経症状があれば、侵害受容の説明より医療連携を優先する。 |
臨床での使い方
入力を見る、体験を見る
評価では、局所の入力(組織負荷、炎症、圧、熱、姿勢、活動量、靴の中の当たり)と、体験の揺れ(不安、睡眠、過去の痛み経験、仕事や生活上の意味)を並べて書き出します。どちらか一方だけで説明しようとすると、推論が狭くなります。
たとえば足部や腰部の相談では、「この動きで痛いから、この組織が悪い」と直線的に説明したくなる場面があります。しかし同じ動きでも、速度、回数、靴、床、疲労、睡眠、前日の活動量で痛みは変わります。評価では痛みを再現するだけで終わらず、どの条件で反応が小さくなるかまで確認します。そうすると、患者が日常で試せる調整(歩く時間を分ける、靴を変えて比べる、休憩の入れ方を変える)に置き換えやすくなります。
「神経が反応している」の使い方
患者に「神経が反応している」とだけ伝えると、「神経が傷んでいる」と受け取られることがあります。侵害受容の説明では、「危険を知らせるセンサーが反応している」「その信号は脊髄や脳で強められたり弱められたりする」という2つをセットで伝えると、入力の存在を認めながら、変えられる条件があることも示せます。
次に読む
炎症で侵害受容器の反応が変わる仕組みは末梢感作、痛みに伴う筋の反応はなぜ痛みで体は硬くなるのかで扱います。
患者説明への変換
体には、危険になりそうな刺激を見張るセンサーがあり、いまはそのセンサーが反応している可能性があります。ただ、痛みの強さはセンサーの信号だけで決まるのではなく、神経の中での調整、睡眠、疲れ、怖さ、活動量によっても変わります。
続けて、「危ないサインがないかを確認しながら、どの動きや量なら反応が強くなりすぎないかを一緒に見ていきます」と伝えます。本人にとって痛みはその場で起きている現実の体験です。入力を見ながら、痛みを増やしやすい条件と落ち着きやすい条件を分ける、という説明にすると、臨床の会話に乗りやすくなります。
「試合中や仕事中は気にならないのに、家に帰ると痛い」と話す患者には、「体には痛みの信号を抑える仕組みがあり、集中している時はそれが強く働くことがあります。痛みが出たから急に悪くなったとは限りません」と説明できます。そのうえで、熱感や腫れが増えていないかを一緒に確認します。
