本文ノート
このページでは、重力を人の動作に関わる範囲で扱います。重力加速度、重さとその感じ方、基準系、そして相対性理論のうち人の感覚と結びつく等価原理です。相対性理論の数式や宇宙の話は、臨床とのつながりが薄いので扱いません。
地表付近では、質量 m の物体に W = mg の重力が働きます。g は重力加速度で、地球の質量と半径から決まり、およそ 9.8 m/s² です1。計算や単位の基準に使う標準重力加速度は 9.80665 m/s² で、これは測定値ではなく定義された値です2。実際の g は、地球の自転や緯度、高度によってわずかに違いますが1、その差は1%に満たず、臨床の計算では 9.8 m/s² で十分です。体重60 kg の人の重さは約588 N です。
重力は身体のすべての部分に働いており、その合力は重心に働く一本の力として扱えます。ただし、私たちは重力そのものを直接感じているわけではありません。足の裏、座面、背もたれから押し返される力と、それによって体の中に生じる圧縮や張力を「重さ」として感じています。自由落下している人は、重力を受けていても支えから押し返される力がないため、重さを感じません。地球を回る宇宙飛行士が「無重量」と言われるのも、地球の重力がなくなったからではなく、自由落下の状態にあるからです4。
運動を記述するには基準系が必要です。速度は、どの基準系から見たかで値が変わります3。ニュートンの法則がそのまま成り立つのは慣性系で、人の動作を扱うときは地面を慣性系とみなして十分です。一定の速さで動く基準系どうしでは、力学の法則は同じ形で成り立ちます。加速している乗り物の中を基準にすると、見かけの力を加えないと法則が合いません。
相対性理論のうち、人の感覚と結びつくのは等価原理です。一様な重力場の中で行う実験の結果は、一様に加速している実験室で行う同じ実験の結果と区別できない、という原理で4、アインシュタインはここから一般相対性理論へ進みました。
少し掘り下げる
重さは「支えから押し返される力」として感じる
エレベーターが上向きに加速すると体が重く感じ、下向きに加速すると軽く感じます。体重計の表示も m(g + a) に従って変わります。人の質量も地球の重力も変わっていないのに、支えから押し返される力が変わるからです。加速度計も同じで、測っているのは重力そのものではなく、支えなどの接触から受ける力に対応する量です。机の上に静止した加速度計は上向きに 1 g を示し、自由落下中はゼロを示します。
臨床では、患者が「体が重い」「足が地面に着いていない感じがする」と表現するとき、その感覚は足底や関節からの入力、前庭の入力、筋の状態など、支えから受ける力をどう感じ取っているかの表れとして聞きます。重力の大きさが変わったわけではありません。
基準系を決めると話がかみ合う
身体の角度には、二つの測り方があります。一つは隣の体節に対する角度(相対角度)で、膝関節の屈曲角や腰椎の屈曲角がこれにあたります。もう一つは鉛直や水平に対する角度(絶対角度)で、体幹の前傾角や下腿の傾きがこれにあたります。重力によるモーメントは、体節が鉛直に対してどれだけ傾いているかで決まるので、絶対角度で考える必要があります(モーメントとてこの腕)。同じ「腰を曲げる」でも、立位で前に倒れるのか、背臥位で膝を抱えるのかで、重力が体幹に生じさせるモーメントはまったく違います。
トレッドミルと床の上
トレッドミル上の歩行は、床の上の歩行と同じでしょうか。van Ingen Schenau は、ベルトの速さが一定なら、ベルトとともに動く基準系を使うべきで、その基準系では床の上の歩行と力学的な違いはないと示しました。両者に違いが見つかるとすれば、その原因は力学以外にある、という結論です6。実際に比較した研究では、関節角度の差は多くが2°未満で、床反力のピークや関節モーメントの多くはトレッドミルで統計的に小さかったものの、差の大きさは通常の歩行のばらつきの範囲でした7。視覚の流れ、慣れ、恐怖、ベルト速度の変動といった要因が、残る違いの候補になります。
さらに掘り下げる
等価原理と耳石器
内耳の耳石器(卵形嚢と球形嚢)は、直線加速度と重力を感知する受容器です。等価原理によれば、直線加速度を測るセンサーはすべて、重力と直線加速度を合わせて感じます5。そのため耳石器の信号だけでは、頭が傾いたのか、頭が前へ加速したのかを区別できません。
Merfeld らは、地球の鉛直軸まわりに一定の速さで回転させたあとに被験者を傾ける実験で、実際には直線加速度がないのに、推定された直線加速度を打ち消すような眼球運動の成分が生じることを示しました5。脳が、物理法則をまねた神経の仕組み(内部モデル)を使い、半規管の回転の情報と耳石器の情報を組み合わせて、重力と直線加速度を推定していることを支持する結果です5。乗り物の加速や暗い場所で、傾きの感覚が実際とずれることがあるのは、この推定に頼っているからだと考えられます。前庭の評価と治療の詳細は、このページの範囲を超えます。
一般相対性理論の位置づけ
一般相対性理論では、重力は時空の曲がりとして扱われ、自由落下と無重量の状態には違いがありません4。この理論は天体や光、強い重力場を理解するうえで欠かせませんが、人の速さと地表の重力の範囲では、一様な重力場 g を使うニュートン力学で十分な精度が得られます。立位、歩行、床反力、関節モーメントの評価で、相対論的な効果を考える必要はありません。相対性理論を治療効果の説明に結びつける根拠もありません。
重力環境と骨
重力の下で生じる荷重がなくなると、身体は適応します。ミール宇宙ステーションに1〜6か月滞在した宇宙飛行士15名の研究では、橈骨の骨密度は変わらなかった一方、荷重を受ける脛骨では、海綿骨の骨密度低下が最初の1か月から見られ、滞在期間とともに進みました。皮質骨の低下は2か月の飛行後から見られ、帰還後、滞在期間と同じくらいの回復期間を経ても、脛骨の骨量の低下は残っていました8。宇宙では運動をしても骨量の低下が起きており、荷重を受ける骨ほど影響が大きいという結果です。地上で骨にかかる荷重は、重力そのものより、重力の下で生じる床反力や筋力によって生まれます。
セラピストが見るべきこと
| 重力加速度 | 計算では g ≒ 9.8 m/s² を使う。kg を N に直すときは g を掛ける(60 kg → 約588 N)。 |
|---|---|
| 重さの感覚 | 「重い」「浮いた感じ」は、支えから受ける力と、その感じ取り方の表れとして聞く。 |
| 角度の基準 | 相対角度(関節角)と絶対角度(鉛直に対する傾き)を区別して記録する。重力のモーメントは絶対角度で決まる。 |
| 基準系 | トレッドミル、乗り物、エレベーターなど基準系が動く場面では、相対速度と見かけの力を区別する。 |
| 前庭の手がかり | 加速や傾きで症状が変わるか、暗所や目を閉じたときに不安定さが増すかを確認する。 |
| 荷重環境 | 長期臥床や免荷のあとは、荷重が減っていた期間と骨や筋の適応を考え、荷重の再開を段階的に計画する。 |
臨床での使い方
運動療法の肢位を選ぶとき、重力は負荷を調整する手段になります。体節を動かす面が鉛直に近いほど、重力が生じさせるモーメントは角度によって大きく変わり、水平面での運動では重力のモーメントの影響が小さくなります。同じ筋の運動でも、立位、座位、臥位、側臥位で、重力が抵抗になるのか補助になるのかが変わります。徒手筋力検査の肢位が重力を基準に決められているのも、この関係によるものです。
歩行の評価や練習にトレッドミルを使う場合、一定の速さなら力学的には床の上の歩行と同じ条件と考えられます6,7。患者が不安を感じる、歩き方が変わるといった違いは、視覚の情報や慣れなど力学以外の要因として観察し、床の上の歩行と比べて確かめます。
長期の臥床や免荷のあとは、荷重を受ける骨や筋が荷重の少ない状態に適応しています8。荷重の再開は、医師の指示と組織の回復の段階に合わせて計画します。
突然の激しいめまいやふらつきに、物が二重に見える、ろれつが回らない、顔や手足のしびれや麻痺、強い頭痛、意識の変化が伴う場合は、脳卒中などの可能性があり、ただちに救急受診を勧めます。頭を動かしたときだけ短く起こるめまいも、診断は医療機関で受けるよう伝えます。
患者説明への変換
重力はいつも同じように下向きに働いています。私たちが感じる「重さ」は、床や椅子から押し返される力です。だから、立ち方や動き方が変わると、同じ体でも重さの感じ方が変わります。
患者には、エレベーターが動き出すときに体が重く感じる例を挙げると、重さの感覚が動きによって変わることが伝わります。体が重い、ふわふわするといった訴えは、重力の大きさの問題ではなく、足の裏や耳の奥のセンサーがどう力を感じ取っているかの問題として一緒に確かめます。姿勢の説明では、相対性理論のような難しい話ではなく、体の重さをどこで受けているか(重心と足の裏)に戻して伝えます。
