本文ノート
ニュートンの運動法則は、力と運動の関係を表す力学の基本法則です。光速に比べて十分に遅く、分子より十分に大きい物体の運動をよく記述するので6、立つ、歩く、跳ぶといった人の動作はこの範囲に収まります。セラピストがこれを学び直す価値は、数式を暗記することよりも、「この動作を起こすには、どこから、どの向きの力が必要か」を問えるようになることにあります。
第1法則(慣性の法則):物体に働く外力の合力がゼロなら、静止している物体は静止を続け、動いている物体は同じ速さで同じ向きに動き続けます1。物体が速度を保とうとするこの性質を慣性と呼び、質量は慣性の大きさを表します。よくある誤解は「動き続けるには力が必要」というものです。力が必要なのは速度を変えるとき(加速・減速・向きを変えるとき)です。歩行で毎歩推進力が必要なのは、接地のたびにブレーキがかかり、重力に抗して重心を持ち上げ直す必要があるからです。第1法則は、この法則が成り立つ基準系(慣性系)を決める役割ももちます1。
第2法則(運動の法則):物体の加速度は、働く外力の合力に比例し、質量に反比例し、合力と同じ向きを向きます2。式では ΣF = ma(より一般には、合力 = 運動量の時間変化)と書きます。ΣF はベクトル和で、加速度の向きは合力の向きと必ず一致します。単位は力が N、質量が kg、加速度が m/s² です。体重60 kg の人に、合わせて 30 N の前向きの外力が働けば、重心は前へ 0.5 m/s² で加速します。
第3法則(作用・反作用の法則):物体A が物体B に力を及ぼすとき、B は A に、大きさが等しく向きが反対の力を、同時に及ぼします3。この二つの力は別々の物体に働き、同じ種類の力(接触力どうし、重力どうし)です。別の物体に働くので、互いに打ち消し合うことはありません。
ここで、よく使われる「床反力は体重の反作用」という説明は正確ではありません。体重(地球が体を引く重力)の反作用は、体が地球を引く重力です。床反力の反作用は、足が床を押す力です。床反力と体重はどちらも身体に働く力ですが、種類の違う別の力で、大きさが等しくなるのは重心の鉛直加速度がゼロのときだけです(第2法則)。この区別ができると、床反力の波形が体重を上回ったり下回ったりする理由が読めます。
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筋力だけでは重心は動かせない
身体を多くの部分の集まりと考えると、部分どうしが及ぼし合う力(筋力、関節で押し合う力)は第3法則の対になって身体の内側で打ち消し合います。その結果、身体全体の重心の加速度は、身体の外から働く力の合力だけで決まります2,3。
重心の加速度 = 外力の合力 ÷ 全身の質量
外力とは、重力、床反力(足と床の摩擦を含む)、手すりや杖や肘掛けから受ける力、空気抵抗などです。筋力は内力なので、筋がどれだけ強くても、それだけで重心の運動は変わりません。筋は床や手すりを押すことで外力を引き出し、間接的に重心を動かします。摩擦がほとんどない氷の上で前へ加速できないのは、脚力の問題ではなく、前向きの外力を床から受け取れないからです(摩擦とトラクション)。
立ち上がりを第2法則で読む
立ち上がりでは、重心を前上方へ加速させる必要があります。体重60 kg の人が重心を上向きに 1.5 m/s² で加速させるとき、上向きの外力の合計は 60 ×(9.8 + 1.5)≒ 678 N 必要です。足だけで立つならこの力をすべて床から受け取ります。肘掛けを手で押して 150 N を受け取れば、足が受ける必要のある力は約528 N に減ります。前方への加速には前向きの外力が必要で、足元では摩擦がそれを供給します。立ち上がりにくい患者を「脚力不足」とまとめる前に、どの外力をどこから得ようとしているかを観察すると、座面の高さ、足を引く位置、手の使い方といった介入の候補が具体的になります。
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運動量と力積
運動量は質量×速度(p = mv)で、力積(力×時間)は運動量の変化に等しくなります5。同じ運動量を止めるなら、時間をかけるほど平均の力は小さくなります。体重60 kg の人が 0.5 m の高さから着地すると、着地の瞬間の速さは約3.1 m/s で、0.1 秒で止めれば平均の床反力は約4.2 BW、0.3 秒なら約2.1 BW です(体重を支える分を含む)。59 cm の高さからの着地を比べた研究では、膝を深く曲げる柔らかい着地で床反力が小さく、股関節と膝の筋が吸収するエネルギーは増えていました7。床反力のピークが下がることと、すべての組織の負担が下がることは同じではありません。
歩行でも同じ関係が使えます。一定の速さで歩いていれば、一歩の中で前後方向のブレーキの力積と推進の力積はほぼ釣り合い、鉛直方向では歩行周期全体で平均した床反力が体重に等しくなります5。歩行速度が上がると、床反力のピークは鉛直成分も前後成分も大きくなります8。
回転にも同じ形の法則がある
並進の ΣF = ma に対応して、回転には ΣM = Iα(モーメントの合計 = 慣性モーメント×角加速度)が成り立ちます。関節まわりのモーメントの考え方はモーメントとてこの腕で扱います。自由物体図に力とモーメントを描き、並進と回転の両方の式を当てはめるのが、逆動力学の基本の手順です4。
慣性系と見かけの力
ニュートンの法則がそのまま成り立つのは慣性系です1。急ブレーキをかけたバスの中で体が前へ倒れそうになるのは、前へ押す力が生じたからではなく、バスが減速しても体が第1法則に従って速度を保とうとするからです。バスの中を基準に考えると、見かけの力を加えないと法則が合いません。人の動作を扱うときは、ふつう地面を慣性系とみなして十分です。基準系の考え方は重力と基準系で扱います。
身体に当てはめるときの範囲
第1法則が扱うのは物体の速度であり、姿勢の癖や構えではありません。癖や構えは、運動制御と学習の問題として扱います。ニュートンの法則が教えてくれるのは「この運動にはどんな外力とモーメントが必要か」であり、どの筋をどのタイミングで使うかは神経系の選択です。法則で必要な力を見積もり、運動制御の視点でその力の作り方を見る、という二段階で使います。
セラピストが見るべきこと
| 第1法則 | 速度が変わる局面(歩き出し、止まる、方向転換)に注目する。そこには必ず外力の変化がある。 |
|---|---|
| 第2法則 | 重心をどの向きに、どれだけ加速させる動作かを考え、必要な外力の向きと大きさを見積もる。 |
| 第3法則 | 床、座面、手すり、杖、施術者の手に、身体がどの向きに力を渡しているかを見る。渡した力の反対向きの力が身体に返る。 |
| 外力の一覧 | 重力、足元の床反力と摩擦、手から受ける力、座面からの力を自由物体図に描き出す。 |
| 力積 | 着地、階段の下り、急停止で、止めるまでの時間とどの関節で受けているかを見る。 |
| 基準系 | 乗り物の中やトレッドミル上など、基準系が動く場面では、見かけの力や相対速度を区別する。 |
臨床での使い方
立ち上がりを評価するときは、座っている姿勢の自由物体図を描き、外力を書き出します。重力、足元の床反力と摩擦、殿部が離れるまでの座面からの力、手を使うなら肘掛けや膝からの力です。座面を高くする、足を引いて置く、体幹を前へ傾ける、手を使うといった調整は、それぞれ必要な外力の大きさや、それを受け取る場所を変える介入として整理できます。
歩行では、蹴り出しが小さい患者は前向きの力積が小さく、そのぶん歩行速度が出にくくなります。ブレーキが強い患者は、接地のたびに速度を大きく失い、次の一歩で取り戻す必要があります。速度を落とすと床反力のピークは小さくなるため8、痛みがある時期の負荷調整の一つとして使えます。
着地や階段の下りでは、止めるまでの時間と受ける関節の配分を見ます7。いずれも法則そのものは確立した物理ですが、特定の動作指導がけがや痛みの経過にどう関わるかは、動作ごとに別の研究で確かめる必要があります。
患者説明への変換
体は、外から力を受けて動きが変わります。立ち上がるときも歩き出すときも、足が床を押し、床が押し返す力で体が動きます。
患者には「床を押した分だけ、床が押し返してくれます」と説明すると、足元が動作の入口であることが伝わります。肘掛けを押して立つと楽になるのは、手からも押し返す力を受け取れるからです。立ち上がりや歩き出しの練習は、力を出すことだけでなく、どこを押して、どこから押し返してもらうかを一緒に探す作業だと伝えます。
