本文ノート
床反力(Ground Reaction Force:以下、GRF)は、床が足を通して身体に及ぼす力の合計です。足が床を押すと、床は同じ大きさで反対向きの力を足に返します。この二つはニュートンの第3法則の対になる力で、一方は床に、もう一方は身体に働きます1。歩行計測ではフォースプレートを使い、鉛直・前後・左右の3成分、作用点である圧中心(CoP)、鉛直軸まわりのねじりのモーメントを記録します。
最初に押さえたいのは、GRF は体重と同じとは限らないということです。身体に働く外力が重力と GRF だけなら、第2法則から次の関係が成り立ちます。
GRF(鉛直)= m(g + a)
m は体の質量、g は重力加速度(約9.8 m/s²)、a は重心の鉛直加速度(上向きを正)です。体重60 kg の人が静かに立っていれば a = 0 で、GRF は 60 × 9.8 ≒ 588 N、つまり体重と同じです。立ち上がりで重心を上向きに 1.5 m/s² で加速させれば約678 N(体重の約1.15倍)、勢いよくしゃがみ込んで下向きに 2 m/s² で加速すれば約468 N(約0.8倍)になります。体重計の針が動作中に揺れるのはこのためです。
歩行では、鉛直成分は二つの山をもつ波形になります。健常男性を対象にした計測では、鉛直成分のピークは歩行速度 1.0〜3.0 m/s の範囲で、速度とともにおよそ1.0〜1.5 BW に増えました3。別の研究でも、歩行のピークは約1.2 BW で、走行では速度とともに 6.0 m/s で約2.5 BW まで直線的に増えています4。通常の速さの歩行で「1.0〜1.2 BW 程度」と覚えておくと、走行(2.0〜2.9 BW3)との違いが分かります。前後成分と左右成分は、平均すると鉛直成分のおよそ10分の1の大きさでした3。
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鉛直成分の山と谷はなぜできるか
GRF = m(g + a)を歩行に当てはめると、波形の形が読めます。接地直後の荷重応答期には、下へ動いていた重心の速度が止められるので、重心には上向きの加速度が生じ、GRF は体重を超えます(第1の山)。立脚中期には重心が支持足の上で最も高い位置の付近にあり、下向きに加速しているので、GRF は体重より小さくなります(谷)。立脚後期には再び重心の下降が止められ、蹴り出しが加わって第2の山ができます。
一歩一歩で上下しても、平らな道を一定の速さで歩いていれば、重心の高さは平均すると変わりません。そのため、歩行周期全体で平均した鉛直方向の GRF(両足の合計)は体重と等しくなります。これは力積と運動量の関係から導かれます2。
前後成分:ブレーキと推進
前後成分は、立脚期の前半には後ろ向き(ブレーキ)、後半には前向き(推進)に働きます。一定の速さで歩いているなら、一歩の中でブレーキの力積と推進の力積はほぼ等しくなります。推進が上回れば加速し、ブレーキが上回れば減速します2。歩行速度を上げると、前後成分のピークはおよそ2倍に増えました3。
左右成分
左右成分は小さい成分ですが、左右の足へ重心を受け渡すために欠かせません。重心が支持足の側へ寄っていくのを止め、反対側の足の方向へ押し返す力が必要だからです。歩行では、接地直後の最初の左右のピークは外側向きでした3。左右のバランスの詳細は重心・圧中心・支持基底面で扱います。
さらに掘り下げる
床反力の作用線と関節モーメント
GRF の作用点(CoP)は立脚期のあいだに踵から前足部へ移動し、ベクトルは前半には後ろへ、後半には前へ傾きます。臨床ではよく、この作用線と関節の位置関係から関節モーメントを推定します。たとえば接地直後に作用線が膝の後方を通れば、膝を曲げる向きの外部モーメントが生じ、大腿四頭筋が遠心性に働いて膝が崩れるのを防ぐ、という読み方です。
ただしこの推定法は、体節の重さや加速度を無視しています。より厳密な逆動力学と比べた研究では、足関節での誤差は無視できるほど小さい一方、膝、特に股関節では、踵接地と蹴り出しの前後にモーメントの大きさや向きまで誤ることがあり、速く歩くほど誤差が大きくなりました6。
関節は互いに補い合う
Winter は、繰り返しの歩行で股関節と膝関節のモーメントは試行ごとに大きくばらつく一方、両者がほぼ逆向きに補い合い、合計としての支持(重力に抗して体を支える働き)はばらつきが小さいことを示しました5。ある関節のモーメントが「いつもと違う」ことは、それだけで異常を意味せず、ほかの関節との組み合わせで読む必要があります。
床反力と関節にかかる力は別物
GRF が約1.2 BW でも、関節にかかる力はそれよりずっと大きくなります。人工股関節に力センサーを組み込んだ4名の計測では、時速約4 kmの歩行で股関節にかかる力の平均は体重の238%で、階段を上るとき251%、下りるとき260%でした8。関節をまたぐ筋は関節中心の近くに付着しており、モーメントの腕が短いぶん大きな力を出す必要があるからです。GRF が小さいことは、組織の負担が小さいことと同じではありません。
力積と衝撃
力積は力と時間の積で、物体の運動量の変化に等しくなります(FΔt = Δ(mv))2。体重60 kg の人が 0.5 m の高さから落ちると、着地の瞬間の速さは √(2 × 9.8 × 0.5)≒ 3.1 m/s、運動量は約188 kg·m/s です。これを 0.1 秒で止めると、止めるための平均の力は約1,880 N、体重を支える 588 N を加えると平均の GRF は約2,470 N(約4.2 BW)になります。0.3 秒かけて止めれば、平均の GRF は約1,210 N(約2.1 BW)です。
59 cm の高さからの着地を比べた研究では、膝の屈曲が小さい硬い着地で GRF が大きく、膝を深く曲げる柔らかい着地では、股関節と膝の筋が吸収するエネルギーが増え、足関節の筋の吸収は減りました7。着地を柔らかくすると、負担は消えるのではなく、関節や筋の間で配分が変わります。走行の速度と GRF の研究では、ゆっくりしたジョギングのピークと荷重率が、歩行や速い走行より50%以上高いことも報告されています4。「ゆっくり走れば衝撃が小さい」とは限らないということです。
セラピストが見るべきこと
| 大きさ | 体重比で考える。歩行速度、階段、走行、着地で大きく変わる。歩行で約1.0〜1.5 BW、走行で約2〜3 BW が目安。 |
|---|---|
| 時間 | 立脚時間と、接地後に力が立ち上がる速さ(荷重率)を見る。接地音や踵の落ち方は手がかりになる。 |
| 向き | 前半のブレーキと後半の推進、左右への受け渡しを観察する。蹴り出しが小さい、ブレーキが強いなどの偏りを拾う。 |
| 作用点 | CoP が踵から前足部へ移っていくか、外側や内側に偏るか、途中で止まるかを見る。 |
| 関節との関係 | 作用線が関節のどちら側を通る局面で症状が出るかを確かめる。近位の関節ほど推定の誤差が大きいことを忘れない。 |
| 条件 | 速度、靴、路面、疲労、痛みへの警戒によって、波形と戦略が変わるかを比べる。 |
臨床での使い方
GRF は速度とともに増えるので3,4、歩く速さは負荷の大きさを変える手段になります。痛みが速さとどう関係するか(速く歩くと出る、ゆっくりでも出る)を確かめると、荷重の大きさに反応しているのか、別の要因が大きいのかを考える材料になります。
症状が出る局面を、接地直後(ブレーキと第1の山)、立脚中期、蹴り出し(推進と第2の山)に分けて聞き取り、観察します。接地直後に膝の前が痛むなら、膝を曲げる向きの外部モーメントと大腿四頭筋の遠心性収縮が大きい局面に一致します。蹴り出しで前足部が痛むなら、CoP が前足部に移り、前向きの成分が大きい局面です。仮説として持ち、歩幅、速度、靴、路面を変えて反応を確かめます。
着地や階段の下りでは、止めるまでの時間と、どの関節で受けるかが GRF のピークと負担の配分を変えます7。膝や股関節を使って時間をかけて受ける練習は、足関節だけで受けている人の負担の配分を変える選択肢になりますが、股関節と膝の仕事は増える点も合わせて評価します。
外傷のあとに体重をかけて数歩も歩けない、骨の一点に強い押痛がある、荷重のたびに強まる痛みや夜間の痛みが続く(疲労骨折などを疑う)、関節が熱をもって腫れ発熱を伴う、といった場合は、荷重の工夫で様子を見るのではなく、医療機関での評価を優先します。
患者説明への変換
歩くときは、足が床を押し、床が同じ強さで押し返してきます。その強さは体重と同じとは限らず、速く歩いたり、強く着地したりすると体重より大きくなります。
患者には「床反力」という言葉を使わなくても構いません。「歩く速さや着地の仕方で、足が受ける力は体重の1倍から数倍まで変わります」と説明すると、歩き方を変える意味が伝わります。体重計の上でゆっくりしゃがみ、立ち上がるときに目盛りが動くことを見てもらうと、力が動きによって変わることを実感しやすくなります。歩き方の提案は、体を固めるためではなく、力を受け取る時間と場所を調整する方法として伝えます。
