本文ノート
姿勢やバランスを読むときに混同されやすい三つの言葉があります。重心(Center of Mass:以下、CoM)、圧中心(Center of Pressure:以下、CoP)、支持基底面(Base of Support:以下、BoS)です。この三つを分けて考えることが、このページの目的です。
CoM は、身体各部の質量の位置を質量で重みづけして平均した点です2。頭、体幹、腕、脚の位置が変わればCoM も移ります。成人が立っているときは骨盤のあたりにありますが、深く前屈すると体の外に出ることもあります。地球上では重力が身体のすべての部分に働いており、その合力は CoM に働く一本の矢印(重さ mg)として扱えます。CoM を通る鉛直線を重心線と呼びます。
CoP は、床から身体へ返る力(床反力)の合力が作用する、支持面上の点です1。足底のあちこちで床を押している力の分布の中心にあたり、フォースプレートで測定できます。両足で立てば、CoP は左右の足の間のどこかにあります。CoM が「重さの中心」なら、CoP は「床が押し返している点」です。CoP は接地している範囲の中にしか存在できません。
BoS は、接地している部分の外縁を結んだ範囲です。足をそろえるより肩幅に開いた方が広く、片脚立位では足一つ分に狭まり、杖や歩行器を使えばさらに広がります。静止している身体が倒れない条件は、重心線が BoS の内側に落ちることです3。
臨床では「重心が前にある」と「前足部で支えている」を区別します。前者は CoM の位置、後者は CoP の位置についての記述で、意味が違います。患者が「つま先に体重がかかる」と感じるとき、それは CoP が前方にあるという感覚であり、CoM が前にあるとは限りません。
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静かな立位:倒立振子としての身体
静かに立っている身体は、足関節を支点にゆっくり揺れる倒立振子として近似できます。このとき CoP は CoM の前後を行き来し、その振れ幅は CoM より大きくなります。CoP と CoM の差は、CoM の水平方向の加速度におおむね比例します1。CoP が CoM より前にあると、床反力が体を後ろへ回す向きに働き、CoM は後ろへ加速されます。CoP が後ろにあれば前へ加速されます。CoP を動かすことで、CoM の揺れを折り返しているのです。
前後方向のこの制御は主に足関節の底屈筋・背屈筋が担い、左右方向では股関節の外転筋・内転筋による左右の脚への荷重の配分が中心になると説明されています1,5。足幅を広げると揺れの振幅は小さくなりました5。
その制御のしくみについては議論があります。Winter らは、CoP と CoM がほぼ同時に動くことから、筋がばねのように働く「剛性による制御」を提案しました5。これに対し Loram と Lakie は、立位中の足関節の受動的な剛性を直接測定し、安定に必要な値の平均91%にとどまると報告しました6。受動的な剛性だけでは足りず、下腿三頭筋による予測的な調整が加わって初めて立位が保たれる、という解釈です。CoP が CoM の前後を動くという現象は確かですが、それを生む神経制御のしくみは、研究によって説明が分かれています。
足関節戦略・股関節戦略・踏み出し
立っている台が急に前後へ動くと、通常の床では足関節の筋から大腿、体幹へと順に活動が広がり、足関節まわりのモーメントで CoM を戻します(足関節戦略)。足の長さより短い台の上では、体幹と大腿の筋が逆の順序で働き、足関節のモーメントはほとんど使わず、床に対する水平方向の力で戻します(股関節戦略)7。支持面の条件によって、使える力の種類が変わるということです。さらに大きな揺れでは、一歩踏み出して BoS そのものを移します8。
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動いている身体の安定:位置と速度
静止時の条件(重心線が BoS の内側)は、動いている身体には足りません。Hof らは倒立振子モデルから、CoM の位置に速度の項を加えた外挿重心(Extrapolated Center of Mass:以下、XcoM)を提案しました3。
XcoM = x + v / ω0、ω0 = √(g / l)
x は CoM の水平位置、v は CoM の水平速度、l は脚長程度の振り子の長さです。XcoM が BoS の内側にあれば、新たな踏み出しなしに止まれる、という条件になります。XcoM と BoS の縁との距離は安定余裕と呼ばれます3。
計算例を示します。l = 0.9 m とすると ω0 = √(9.8 / 0.9) ≒ 3.3 s⁻¹ です。CoM が前へ 0.3 m/s で動いていれば、v / ω0 ≒ 0.09 m となり、XcoM は CoM の投影より約9 cm 前にあります。CoM の投影がつま先より内側でも、XcoM がつま先を越えていれば、止まるには一歩出す必要があります。速く動くほど、同じ姿勢でも必要な BoS の余裕は大きくなります。
歩行は「制御された不安定」
歩行を前額面から見ると、CoM は支持足の内側を通り、支持足の真上には乗りません。MacKinnon と Winter は、身体が常に正中線の方向へ倒れかけた状態にあること、その内側への加速度は支持足まわりの重力のモーメントによって生じ、その大きさは接地の瞬間に新しい足を CoM に対してどれだけ外側に置いたかで決まることを示しました4。支持脚の股関節の上で体幹と遊脚のバランスを保つのは、股関節外転筋の能動的なモーメントでした4。左右のバランスは、足の置き場所と股関節外転筋によって一歩ごとに作り直されています。
感覚の重みづけと予測
姿勢制御には二つの目的があります。重力・支持面・視覚環境に対して体幹と頭部の向きを合わせること(姿勢の定位)と、CoM を安定させること(姿勢の平衡)です8。体性感覚、前庭、視覚の情報は統合され、どの情報にどれだけ頼るかは課題と環境によって変わります。腕を上げる前に体幹や下肢の筋があらかじめ働く予測的姿勢調節も、平衡を保つしくみの一つです8。どの系に障害があっても、その系に応じた場面特有の不安定さが現れます。
セラピストが見るべきこと
| 重心(CoM) | 体幹前傾、頭部の位置、腕の位置、荷物で CoM が前後左右へ移るかを見る。CoM の移動は CoP の移動とは別に記述する。 |
|---|---|
| 圧中心(CoP) | 足底のどこで押しているかを観察と患者の言葉で確かめる。踵寄り、前足部寄り、左右差、足趾で床をつかむ様子を記録する。 |
| 支持基底面(BoS) | 足幅、足の向き、片脚立位、杖や歩行器の有無で、広さと形がどう変わるかを見る。 |
| CoP の余地 | CoP が BoS の端に張りついていないか。CoP を動かす余地がないと、揺れを折り返す手段が限られる。 |
| 速度 | 歩き出し、方向転換、止まる局面を見る。同じ位置でも速く動いていれば安定余裕は小さい。 |
| 感覚条件 | 開眼と閉眼、硬い床と柔らかい床、明るさ、話しながらの課題で、揺れ方や戦略が変わるかを確認する。 |
臨床での使い方
評価は、足をそろえた立位と肩幅の立位、開眼と閉眼、片脚立位、前方へのリーチ、歩き出しのように、条件を一つずつ変えて並べると比較しやすくなります。足幅を広げると揺れが小さくなるのは BoS と左右の制御条件が変わるためで5、その差の大きさ自体が情報になります。
歩き出しでは、CoM を前へ加速させるために、最初に CoP が CoM より後ろへ移る必要があります。これは倒立振子の力学から導かれる関係です1。踵へ体重を移せない、足関節を動かしにくい、前へ倒れることが怖いといった条件があると、この準備が小さくなり、最初の一歩が小さくなることがあります。歩き出しが遅い患者では、筋力だけでなく、CoP を後ろへ動かせているかを観察します。
前額面の安定には足の置き場所が大きく関わるため4、歩隔、方向転換のときの足の置き方、狭い場所での歩き方を見ます。杖は BoS を広げる道具であり、同時に手から外力を得る手段でもあります。
急に始まったふらつきに、回転性のめまい、物が二重に見える、ろれつが回らない、片側の手足の力が入らない・しびれる、強い頭痛のいずれかが伴う場合は、脳卒中などの可能性があり、ただちに救急受診を勧めます。徐々に進むふらつき、足のしびれや感覚の低下、繰り返す転倒、原因の分からない転倒も、医療機関での評価につなぎます。
患者説明への変換
体の重さの中心(重心)と、足の裏で床を押している点は別のものです。立っているときは、足の裏で押す場所を少しずつ動かして、体の揺れを受け止めています。
患者には「足の裏のどのあたりに体重を感じますか」と尋ね、その感覚を CoP の位置として扱います。足をそろえたときと開いたときの揺れの違い、目を閉じたときの違いを一緒に確かめると、安定は形を固めることではなく、足裏で押す場所を動かせる余地と、足を置き直せる余裕から生まれることが伝わります。足幅や杖の提案も、体を固定するためではなく、揺れを受け止めやすい条件を探すためのものだと説明します。
