本文ノート
交通事故、転倒、手術、暴力、スポーツでの大きな外傷、強い恐怖を伴う医療体験。こうした出来事の後には、慢性の痛みと心的外傷後ストレス障害(PTSD)の両方が起こりうることが知られています。2001年の総説は、両者の併存が多いにもかかわらず十分に注目されてこなかったことを指摘し、慢性痛とPTSDは互いを維持し合う状態であり、外傷の後に症状と苦痛を強める経路がいくつもあると結論しました1。
併存の程度は、対象と測り方によって大きく異なります。慢性痛のある人のPTSDの有病率を調べた21件の研究のメタ解析では、研究によって0〜57%と幅があり、統合した平均は9.7%でした。慢性広範痛では20.5%、頭痛では11.2%と高い一方、腰痛では0.3%でした。臨床の集団では11.7%、一般の集団では5.1%で、自記式の質問票で測った研究(20.4%)では、構造化面接で診断した研究(4.5%)より高くなっていました3。別の系統的レビューでも、PTSDの有病率は慢性腰痛の0.69%から退役軍人の50.1%まで痛みの種類と集団によって異なり、調べた19件中16件の研究で慢性痛とPTSDの関連が見られました4。
両方を持つ人は、どちらか一方だけの人と比べて、PTSDの症状、痛み、不安、抑うつ、障害、オピオイドの使用がいずれも多いと報告されています5。米国退役軍人省の医療者向けガイドも、慢性痛とPTSDを併せ持つ退役軍人では、痛み、障害、抑うつ、睡眠の障害、医療の利用、破局的思考が多く、痛みの自己効力感が低いことを紹介しています6。
セラピストの役割は、トラウマの記憶を掘り起こして処理することではありません。それは訓練を受けた心理職や医師の領域です。セラピストがまず担うのは、身体の評価と安全確認を丁寧に行い、患者の反応を尊重しながら身体に触れる場面を安全なものにすること、そして必要な時に専門職へつなぐことです。
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痛みが「思い出させる手がかり」になる
一つの出来事、たとえば交通事故が慢性痛とPTSDの両方を引き起こした場合、痛みそのものがトラウマを思い出させる手がかりになりえます。また、痛みと元の出来事が直接結びついていなくても、痛みがあること、自分の身体を制御できないと感じることが、一部の人にとってトラウマの手がかりになることがあります6。
臨床では、痛みが出ると急に涙が出る、身体が固まる、呼吸が浅くなる、怒りが湧く、施術台に横になるだけで強く緊張する、特定の姿勢や触れ方、音や匂いで症状が強くなる、といった反応として現れることがあります。これらは、身体が過去の危険と結びついた手がかりに反応している可能性があります。ただし、こうした反応があるからといって、セラピストがトラウマの有無を判断することはできません。
互いを維持し合う道筋
SharpとHarveyは、慢性痛とPTSDが互いを維持し合う道筋として、脅威への注意の偏り、不安感受性(不安に伴う身体感覚を恐れる傾向)、トラウマを思い出させる手がかり、対処の方法としての回避、抑うつと活動量の低下、不安による痛みの知覚の変化、注意や思考の資源が症状に奪われることを挙げています1。
米国退役軍人省のガイドは、この循環を臨床の言葉で説明しています。両方を持つ人は不安や痛みの兆しに注意を向けやすく、「この痛みは何か深刻なことが起きているサインだ」と破局的に解釈しやすくなります。その結果、痛みや不安を思い出させるものを避けたくなり、PTSDではトラウマの手がかりへの回避と過剰な警戒として、慢性痛では身体活動の回避や、動きすぎと動かなさすぎを繰り返すパターンとして現れます。こうした回避は孤立、体力の低下、生活の質の低下につながり、気分の落ち込みとさらなる回避を招きます6。この循環は、自分を守るという点では最初は理解できる反応ですが、長期的には生活機能を損なう方向に働きます6。
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共有脆弱性
慢性痛とPTSDの併存を説明するもう一つの考え方が共有脆弱性モデルです。不安感受性のような素因が、慢性痛とPTSDのどちらにもなりやすくするという考え方で、相互維持モデルと合わせて、評価と治療の手がかりとして提案されています2。米国退役軍人省のガイドも、不安感受性や小児期の逆境体験のように両方になりやすくする要因と、脅威や痛みへの注意の高まりと回避のように互いの影響を増幅する要因があることを、各モデルの共通点として紹介しています6。
神経系で考えられていること
PTSDに特徴的な過覚醒と警戒は、ストレス反応の調節の乱れを通して、痛みと脅威の知覚の閾値を下げる方向に働く可能性が考えられています6。脅威の検出には扁桃体、出来事を時間と文脈の中に位置づける働きには海馬、反応の調整には前頭前野がかかわり、ストレス反応には自律神経系と視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸が関与します。トラウマの後には、現在の安全な文脈よりも過去の危険と結びついた手がかりへの反応が優位になることがあると考えられています。
ただし、これらは研究上の仮説を含む説明であり、個々の患者の痛みを「トラウマのせい」と説明する根拠にはなりません。痛みの評価は、身体の所見とレッドフラッグの確認を含めて常に通常どおり行います。
治療の考え方
PTSDに対して最も効果的な治療は、トラウマに焦点を当てた心理療法と一部の抗うつ薬とされ、トラウマに焦点を当てた治療だけでも併存する慢性痛の痛みの強さを和らげうるという根拠も示されています6。慢性痛とPTSDの治療は、順番に、並行して、あるいは統合して行う方法があり、並行して行う場合は、医療者どうしが連絡を取り、患者に一貫したメッセージを伝えることが重要だとされています。たとえば、PTSDの治療者が痛みを理由に動きを控えるよう勧めると、痛みの治療と矛盾し、患者を混乱させることがあります6。セラピストが心理職と並行して関わる場合も、活動の進め方についての方針を共有しておくことが役立ちます。
トラウマに配慮した関わり方
米国の薬物乱用・精神衛生管理庁(SAMHSA)による治療改善プロトコル(TIP 57)は、トラウマに配慮した介入の原則として、トラウマの影響を理解すること、トラウマに関連した症状や行動は外傷体験への適応から生じたものと認識すること、再びトラウマを体験させる危険や過去のトラウマの力関係の再現を最小限にすること、安全な環境をつくること、本人の主導権・選択・自律を支えること、協働的な関係と参加の機会をつくること、などを挙げています7。安全な環境は、すべてを完璧に行うことではなく、本人が無防備に感じる状況に一貫して誠実に対応することで築かれるとも述べられています7。
セラピストが見るべきこと
| 手がかりへの反応 | 特定の姿勢、場所、音、匂い、触れ方、説明、医療の場面で、痛みや緊張が急に強くならないかを見ます。 |
|---|---|
| 身体の反応 | 呼吸が浅くなる、固まる、震える、涙が出る、怒りが強くなる、急にぼんやりして反応が乏しくなる、といった変化を観察します。 |
| 回避 | 施術台、特定の運動、外出、通院、特定の検査を強く避ける背景に、本人が話したくない体験がある可能性を念頭に置きます。理由を問い詰めません。 |
| 同意と選択 | 触れる前に何をするか説明して同意を得る、姿勢や触れる部位を選べるようにする、途中で止める合図を決める、扉の開閉や同席者を相談する、といった配慮ができているかを確認します。 |
| 専門職につなぐサイン | フラッシュバックや悪夢が続く、話の途中で現実感がなくなる様子がある、睡眠が大きく崩れている、強い抑うつ、物質の使用の問題がある場合は、医師や心理職への相談を勧めます。 |
| すぐに対応が必要なサイン | 希死念慮や自傷の考えがある場合は、所属先の手順に沿ってその日のうちに医師や責任者に連絡します(抑うつと痛み)。現在進行形の暴力や虐待が疑われる場合は、責任者と相談し、自治体の相談窓口や警察につなぎます。 |
臨床での使い方
観察できる事実から話す
痛みとトラウマを短絡させないことが第一です。「これはトラウマですね」と決めつけるのではなく、「この姿勢になると、体が強く身構えるようですね」「痛みと一緒に、息苦しさも出ていますね」と、観察できる事実から話します。
選択権を患者に戻す
どの姿勢なら楽か、触れてよい場所はどこか、どの説明なら安心できるか、途中で止める合図は何かを、患者と一緒に決めます。うつ伏せや後ろからの接触、着替えなど、無防備に感じやすい場面は特に丁寧に説明し、代わりの選択肢を用意します。身体を扱う場面で主導権が本人にあると感じられることは、トラウマに配慮した関わりの中心です7。
反応が強くなった時の手順
施術中に強い反応が出た時は、まず手を離し、何が起きているかを説明し、今いる場所と時間に注意を戻す声かけをします。「今は施術室にいます。いったん止めています。足の裏が床についているのを感じられますか」。落ち着いた後に、続けるか、別の方法にするか、今日は終えるかを本人に選んでもらいます。
深掘りしない
痛みの背景にある体験を、セラピストの側から聞き出す必要はありません。患者が自分から話した時は、遮らずに受け止め、「話してくれてありがとうございます」と伝えます。そのうえで、詳しく扱うことは専門家と一緒に進める方がよいことを伝えます。
連携を自然に置く
連携は、「身体の反応としてとても大切な情報です。痛みと、これまでの体験の両方を扱える専門家と一緒に進めると、体のリハビリも進めやすくなるかもしれません」と伝えると、拒否ではなく安全な選択肢として受け取られやすくなります。並行して関わる場合は、活動の進め方について心理職や医師と方針を共有します6。
配偶者などからの暴力の相談先と支援の仕組みは、内閣府の被害者支援情報のページにまとめられています8。
現在、暴力や虐待を受けている可能性がある時は、本人の安全を最優先にし、所属先の責任者と相談してください。配偶者などからの暴力については、内閣府の「DV相談ナビ」(#8008)から最寄りの相談窓口につながります(2026年10月時点)。差し迫った危険がある時は警察(110番)や救急(119番)に連絡します。
患者説明への変換
体は、以前のつらい出来事と似た感覚や姿勢に出会うと、強く守ろうとすることがあります。無理に思い出す必要はありません。まず、安全に進められる姿勢、触れ方、止め方を一緒に決めましょう。
痛みが出た時に、急に体が固まったり、息が苦しくなったりすることがあるかもしれません。それは、体が身を守ろうとしている反応です。ここでは、あなたが「止めたい」と思った時にいつでも止められるようにします。手を挙げる、「止めて」と言うなど、合図を一つ決めておきましょう。
触れる前には、どこに、どのように触れるかを必ず説明します。楽な姿勢や、触れられたくない場所があれば教えてください。今日できることを、あなたが選べる形で進めます。
もし、事故などの記憶が繰り返しよみがえる、悪夢で眠れない、という状態が続いている時は、それを専門に扱う医師や心理職の力を借りることもできます。痛みの治療と並行して進めることができます。
