本文ノート
不安は、将来の脅威を予期した時に生じる、心配、緊張、身体の覚醒を伴う状態です。危険に備えるための正常な反応であり、それ自体が病気ではありません。不安が過剰で長く続き、生活に支障をきたす場合に、全般不安症やパニック症などの不安症(不安障害)として診断されます8。臨床では、痛みに伴って生じる不安(痛み不安)と、医師の評価が必要な不安症とを区別して考える必要があります。
痛みと不安はよく一緒に現れます。15か国のプライマリケア受診者5,438人を対象にした世界保健機関(WHO)の研究では、持続する痛みがある人は、ない人と比べて不安症または抑うつ障害を持つ可能性が約4倍(調整オッズ比4.14)で、この関連は調査したすべての施設で見られました2。慢性筋骨格系疼痛のプライマリケア患者500人の研究では、痛みに抑うつと不安の両方が重なった人で痛みの強さと痛みによる障害が最も大きく、過去3か月の障害日数は、痛みだけの人で18.1日、痛みと不安で32.2日、痛みと抑うつで38.0日、三つすべてが重なった人で42.6日でした3。
不安症と慢性痛が併存する理由については、互いを維持し合うとする相互維持モデルと、両方になりやすい共通の素因があるとする共有脆弱性モデルが提案されています。これらのモデルは主にPTSDと慢性痛の研究から生まれ、不安感受性、脅威への選択的注意、警報が鳴りやすくなること(警報の閾値の低下)といった仕組みが検討されています1。
臨床で大切なのは、不安を「気にしすぎ」として片づけないことと、不安をすべて心理的なものとして扱わないことです。不安は、身体を守ろうとする反応の一部として理解できます。同時に、不安に伴う身体症状の中には、身体の病気による症状が含まれていることもあります。セラピストは、不安を安全確認、見立て、行動の設計へ変換し、必要な時には医療機関や心理職につなぐ役割を担います。
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不安が痛みを強める道筋
不安が強い時、身体は危険に備える状態になります。交感神経系の活動が高まり、心拍、呼吸、筋の緊張、発汗、胃腸の動きが変わります。痛みのある人にとって、こうした身体の変化は「やはり悪いことが起きている」という確認材料のように感じられることがあります。不安感受性が高い人では、身体感覚そのものを危険と解釈しやすく、その解釈がさらに不安を強めます1。
注意の面では、不安は脅威に関連する刺激への注意を強めます。痛みの場所、左右差、しびれの有無を何度も確かめるほど、感覚は目立つようになります。行動の面では、確認、検索、同じ説明を何度も求める、予定をキャンセルするといった安全行動が増えます。安全行動は短期的には安心をもたらしますが、「確認しないと危ない」という学習を強め、不安を維持する方向に働くことがあります。
痛み不安を測る
痛みに対する不安を測る尺度として、痛み不安症状尺度(PASS)があります。PASSは、不安が考え、表に出る行動、身体反応の三つの反応様式で生じるという考え方に基づき、痛みへの恐怖をこれらの側面から測定します。多職種の疼痛クリニックの患者では、心理的苦痛と痛みの強さを考慮しても、PASSは障害と痛みによる生活の妨げを独自に予測していました5。
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不安による痛みの増強と海馬
不安が痛みを強めることは臨床でよく経験されますが、その仕組みを示した研究の一つが、Ploghausらの機能的MRI研究です。ある視覚信号の後には常に中程度の熱刺激が来るため、不安は低くなります。別の信号の後にも多くは同じ中程度の刺激が来ますが、ときどき明らかに強い刺激が混じるため、不安が高くなります。同じ中程度の刺激でも、不安が高い条件ではより痛く感じられ、その時に海馬体の嗅内皮質が異なる反応を示しました。この嗅内皮質の反応は、情動にかかわる前帯状皮質の膝周囲部や、強さを符号化する島皮質中部の活動を予測していました4。
著者らは、不安な時の海馬体は、最悪の結果に備えて嫌な出来事を増幅しているという考えを支持するとし、医科・歯科の処置の前に正確な情報を伝えることが、海馬の関与を弱めて痛みを和らげる可能性を示唆しています4。不確かさが不安を高め、不安が同じ刺激を強く感じさせる、という流れは、説明の仕方を考えるうえで重要です。
ストレス反応系
中枢神経系で不安を媒介する主な物質として、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン、γ-アミノ酪酸(GABA)が挙げられ、不安の身体症状の多くは自律神経系、とくに交感神経系が媒介するとされています。扁桃体は恐怖と不安の調整に重要な役割を持ち、不安症の人では不安の手がかりに対する扁桃体の反応が高まっていることが報告されています8。また、ストレス反応では視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸が働き、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、副腎からコルチゾールが分泌されます。この反応は急性のストレスに対応するための仕組みです。物質名を患者に説明する必要はありませんが、不安が「頭の中だけの出来事」ではなく、身体の反応を伴う状態であることを理解しておくと、説明の言葉が具体的になります。
医療の側の評価
英国NICEの全般不安症のガイドラインは、不安や強い心配を訴える人に加えて、慢性の身体疾患を持つ人や、身体症状について安心を求めて受診を繰り返す人でも、全般不安症の可能性を考えるよう勧めています。評価は症状の数や強さだけでなく、苦痛の程度と機能の障害も考慮して行い、最も負担の少ない有効な介入から段階的に提供するとしています7。全般不安症の評価には、7項目の自記式質問票GAD-7が広く使われています。GAD-7は医師などの面接による診断と比べて良好な妥当性を示し、得点が高いほど機能障害が大きいことが報告されています6。
こうした質問票は、セラピストが診断に使うものではありません。所属先の方針に沿って用いる場合も、結果は医師と共有する情報として扱います。
セラピストが見るべきこと
| 心配の中身 | 最悪の場合に何が起きると思っているかを聞きます。病気、再発、仕事、家族、将来の生活など、心配の対象を具体的にします。 |
|---|---|
| 身体の監視 | 痛みの場所、左右差、しびれ、姿勢を一日中確認していないかを見ます。確認が増えるほど、感覚が目立つことがあります。 |
| 回避と安全行動 | 外出、運動、階段、仕事、人との予定を避けていないか、確認、検索、同じ説明を求めることが増えていないかを聞きます。 |
| 救急や受診が必要なサイン | 胸の痛み、息苦しさ、失神、冷や汗、片側の麻痺やしびれ、ろれつが回らない、といった症状が急に起きた場合は、不安によるものと決めつけず救急要請(119番)を含めて対応します。発熱や進行する神経症状がある時も医療機関での評価を優先します。 |
| 不安症が疑われる状態 | 強い心配が長く続き自分で止められない、突然の強い恐怖と動悸・息苦しさの発作を繰り返す、睡眠や食事が大きく崩れている、仕事や家事が保てない、という場合は、医師への相談を勧めます。 |
| 安全の確認 | 強い絶望感、「消えてしまいたい」といった言葉がある場合は、所属先の手順に沿って医師や心理職へつなぎます(抑うつと痛み)。 |
臨床での使い方
不安の循環を地図にする
不安が強い患者には、安心材料を増やすだけでは足りないことがあります。説明を聞いた直後は安心しても、帰宅後にまた身体を確認し、検索し、不安が戻る。この循環を責めずに、何が不安を増やし、何が少し落ち着かせるのかを一緒に図にします。
「様子を見てよいサイン」と「相談するサイン」を分ける
安全確認の基準を明確にします。「これは様子を見てよい変化」「これは医療機関に相談する変化」「これはすぐに救急を呼ぶ変化」を紙に書いて渡すと、不安な時の判断が具体的になります。確認の基準が手元にあると、何度も確認する行動を減らす足がかりになります。
事前の情報を正確に伝える
施術や運動の前に、何をするのか、どのくらいの感覚が予想されるのか、途中で止めたい時はどうするのかを伝えます。予測できない状況は不安を高めます。正確な事前情報は、不安を下げる手段の一つと考えられます4。
安心を行動に変える
「明日まで全く動かない」ではなく、「平坦な道を3分歩き、痛みと不安の戻り方を見る」といった小さな行動実験にします。不安の点数(0〜10)を前後で記録すると、不安が時間とともに下がることを本人が確かめられます。
生活の条件と一緒に扱う
不安は、睡眠、活動量、仕事量、休憩、情報の取り方の影響を受けます。寝る前の検索を控える、日中の活動のリズムを整える、といった生活の条件もあわせて見ます。
専門職と組む
不安が強く日常生活に支障が出ている場合は、医師、公認心理師・臨床心理士と連携します。紹介する時は、「不安のせいで痛い」という伝え方ではなく、「痛みと不安の両方を支える人を増やしたい」と伝えます。
患者説明への変換
不安があるのは自然なことです。痛みが続くと、体は危険を見逃さないように敏感になります。まず危ないサインがないかを確認し、そのうえで安全に試せることを小さく決めていきましょう。
心配な時は、体も緊張して、呼吸が浅くなったり筋肉に力が入ったりします。すると、同じ刺激でも痛みが強く感じられることがあります。これは体が危険に備えている反応で、本物の変化です。
心配を減らすために何度も確かめたり、予定をやめたりすると、その時は安心できます。ただ、それが続くと「確かめないと危ない」という感覚が強くなることがあります。そこで、「様子を見てよい変化」と「相談する変化」を紙に書いておき、確かめる代わりにそれを見るようにしてみましょう。
心配が強くて眠れない、動悸や息苦しさの発作が続く、仕事や家事ができなくなっている時は、医師や心理の専門家の力も借りましょう。胸の痛みや強い息苦しさが急に出た時は、不安のせいだと決めつけず、すぐに医療機関に連絡してください。
