本文ノート
股関節は、大腿骨頭と骨盤の寛骨臼がつくる球関節(臼状関節)です。体幹と下肢をつなぎ、立つ、歩く、椅子から立ち上がる、しゃがんで物を持ち上げるといった日常の動作のあいだ、体幹からの力を下肢へ伝えます。寛骨臼は腸骨・坐骨・恥骨が三放射状軟骨のところで合わさってできた受け皿で、大腿骨頭の約40%を覆います。その縁を関節唇が囲み、関節の受け皿を深くしています1。骨の形そのものが安定に大きく寄与する点で、肩関節とは性格の異なる関節です。
股関節が受ける力は、体重よりずっと大きくなります。人工股関節に計測器を組み込んだ4名の測定では、時速約4kmで歩くときの関節の力は平均で体重の238%、片脚立位でもそれよりわずかに小さい程度、階段を上るときは251%、下りるときは260%でした3。体重以上の力がかかるのは、骨盤を支えるために股関節をまたぐ筋が大きな張力を出し、その張力も関節面を押しつけるからです。
股関節を臨床で確認するのは、腰と膝のあいだにあるからでもあります。股関節の伸展が出にくい人は、歩行の後半で腰を反らせて前へ進もうとすることがあり、股関節の回旋の使い分けが少ない人は、膝や足部で向きを作ろうとすることがあります。これは「股関節が硬いから痛い」という単純な因果ではなく、動作の選択肢が少ないときに隣の関節が仕事を引き受けやすい、という見方です。
評価では、ベッド上の可動域と荷重下の使い方を分けて考えます。寝た姿勢でよく動く股関節でも、片脚で立つと骨盤が落ちたり、体幹が大きく傾いたりすることがあります。反対に、可動域の制限があっても、生活動作ではうまく補って困りごとが少ないこともあります。数値は出発点であり、患者がどの場面で何に困っているかに戻ることが必要です。
少し掘り下げる
関節包と靭帯
関節包は、腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯、坐骨大腿靭帯の三つの靭帯で補強されています。これらはらせん状に走り、股関節の伸展で巻き締まるように緊張します。関節包は体重を受ける前上方で厚く、後下方で薄くなっています。大腿骨頭の中心のくぼみ(骨頭窩)からは大腿骨頭靭帯が出ています1。
献体の股関節で靭帯を一本ずつ切って動きの変化を見た研究では、坐骨大腿靭帯は屈曲位・伸展位の両方で内旋を、恥骨大腿靭帯は伸展位での外旋を制限していました。腸骨大腿靭帯の外側の束は、屈曲位での外旋と、伸展位での内旋・外旋の両方に関わっていました4。どの肢位でどの方向の動きが制限されるかを知っておくと、回旋の最終域の硬さを、関節包のどの部分の情報として読むかの手がかりになります。
関節唇
関節唇は、寛骨臼の縁を囲む線維軟骨の輪です。関節面の約22%を担い、寛骨臼の容積を約33%増やすとされます1。さらに、大腿骨頭に密着して関節の中の液体を封じ込める役割があります。献体の股関節に体重の0.75倍の荷重をかけた実験では、関節唇があるときの関節内の液圧は約541kPa、切除後は約216kPaで、切除後は軟骨が押しつぶされる速さと量が約2割増えました5。関節唇は、受け皿の深さだけでなく、関節液の圧力を保って軟骨を守るしくみにも関わっていると考えられます。
筋
股関節をまたぐ筋は21あり、三つの面の動きと、大腿骨と寛骨臼のあいだの安定の両方に関わります2。主な筋として、外転に働く中殿筋・小殿筋と大腿筋膜張筋(上殿神経)、伸展と外旋に働く大殿筋(下殿神経)、屈曲に働く腸腰筋、内転に働く内転筋群(主に閉鎖神経)、外旋に働く深層外旋六筋、伸展に働くハムストリングス(坐骨神経)があります。Neumann は、筋の作用は回転軸に対する作用線の位置で決まり、股関節の角度によって同じ筋の作用が変わることがあると述べています。また、大腿骨を骨盤に対して動かす場面と、骨盤を大腿骨に対して動かす場面を分けて考える重要性を示しています2。
神経
股関節のまわりには、大腿神経(L2〜L4)、閉鎖神経(L2〜L4)、坐骨神経(L4〜S3)、上殿神経・下殿神経が通ります。関節包の感覚神経を詳しく調べた解剖研究では、前内側を閉鎖神経の関節枝、前方を大腿神経の関節枝、後内側を坐骨神経の枝と大腿方形筋への神経、後外側を上殿神経の枝が支配していました6。複数の神経が関節包を分担していることは、股関節の痛みがさまざまな場所に広がる理由の一つになります。
さらに掘り下げる
片脚立位のモーメント
片脚で立つと、支持脚より上の体の重さ(体重から支持脚の重さを除いたもの)が、股関節中心より内側にかかります。このままでは骨盤は反対側へ傾くため、外転筋が骨盤を支えます。股関節中心を回転軸として、モーメントのつり合い F外転筋 × d外転筋 = W × dW を考えます。
単純化した例として、体重600Nの人で、支持脚より上の重さを500N、その重心から股関節中心までの水平距離を0.10m、外転筋の作用線から股関節中心までの距離を0.05mとします。外転筋の力は 500N × 0.10m ÷ 0.05m = 1000N になります。関節面は、この筋の力と上半身の重さの両方を受けるため、関節反力はおよそ1500N、体重の約2.5倍です。この見積もりは、実測された歩行時の体重の約2.4倍という値と同じ桁にあります3。股関節の圧縮の多くは筋の張力から生じる、という見方は、筋の作用を解析した総説でも示されています2。
この式から、臨床で見る代償の意味が読めます。片脚立位で体幹を支持脚側へ傾けると、重さのレバーアーム dW が短くなり、外転筋に必要な力と関節反力が小さくなります。外転筋の出力が足りない場合や、関節に痛みがある場合に、この傾きが見られることがあります。支えていない側の骨盤が下がるトレンデレンブルグ徴候は、外転筋のモーメントが重さのモーメントに追いついていないことを示す所見です。杖を痛む側と反対の手で持つと股関節の負担が減るのも、杖が重さのモーメントの一部を受け持つためです。力とモーメントの基本はモーメントとレバーアームで扱っています。
痛みの広がり方
透視下の関節内注射で痛みが減った51名の痛みの分布を調べた研究では、殿部への広がりが71%で最も多く、鼠径部が55%、大腿が57%、膝より下が22%でした。足部は6%、膝は2%で、腰部への広がりは見られませんでした7。「股関節の痛みは鼠径部」という教科書的な理解は一部にとどまり、殿部の痛みでも股関節は候補に入ります。一方で、腰部そのものの痛みは股関節由来としては考えにくく、腰椎の評価が必要になります。
形の所見と症候群を区別する
大腿骨頭頸部や寛骨臼の形の特徴は、画像で見つかっても症状がないことがあります。国際的な合意(Warwick Agreement)では、股関節の運動に関連した症状、陽性の臨床所見、画像所見の三つがそろったときに「大腿骨寛骨臼インピンジメント症候群」と呼ぶこととし、治療の選択肢として保存療法、リハビリテーション、関節鏡または切開による手術を挙げています8。画像の形だけで説明を閉じず、症状と所見を合わせて判断するという考え方は、腰椎の画像所見の扱いと共通しています。
セラピストが見るべきこと
| 安全 | 高齢者の転倒後に体重をかけられない、思春期の膝や大腿の痛みを伴う跛行、発熱と強い痛みで脚を動かせない、ステロイドや多量の飲酒の既往がある鼠径部痛、夜間痛やがんの既往を確認する。 |
|---|---|
| 可動性 | 屈曲・伸展・内外旋・内外転の左右差、最終域の感触、普段の痛みが再現される方向を分けて記録する。屈曲位と伸展位で回旋の制限が変わるかも見る。 |
| 荷重 | 片脚立位、歩行、階段、立ち上がりで、骨盤が下がる、体幹が支持脚側へ傾く、膝が内側へ入る場面を観察する。 |
| 筋出力 | 外転・伸展・外旋の出力を、単独の筋力測定と片脚支持などの動作の両方で確認する。 |
| 痛みの場所 | 鼠径部・殿部・大腿・膝より下のどこに出るかを記録し、腰椎の動きでの再現性と比べる。 |
| 隣接関節 | 腰椎・骨盤・膝・足部のどこが股関節の動きの不足を補っているか、または股関節がどこを補っているかを見る。 |
臨床での使い方
評価は安全の確認から始めます。
高齢者が転倒後に立てない・体重をかけられない場合は大腿骨近位部の骨折を、発熱と強い痛みで脚を動かせない場合は化膿性関節炎を疑い、すぐに医療機関の受診を勧めます。10代で膝や大腿の痛みと跛行が続く場合は、大腿骨頭すべり症などの股関節の病態を考え、医療機関での評価を優先します。
安全が確認できたら、痛みの源の候補を股関節と腰椎で比べます。股関節の他動運動(特に屈曲位での内旋)で普段の痛みが再現されるか、腰椎の動きや神経の伸張で再現されるか、皮膚分節に沿ったしびれや神経学的所見があるかを並べると、比重を判断しやすくなります。両方に所見がある場合は、両方が関わっている可能性を残しておきます。
次に、可動域テストの結果を生活動作に置き換えます。股関節の伸展が少ないなら、歩行の後半、階段を上るとき、長く立ったあとの腰の張りを確認します。回旋の左右差があれば、方向転換、しゃがみ込み、靴下を履く動作、車の乗り降りに結びつけて聞きます。片脚立位で体幹が大きく傾く場合は、外転筋のモーメントの不足か、痛みを避けるための代償かを、筋力測定と痛みの有無で見分けます。
介入の説明では、「股関節を正しい位置に入れる」より、「立つ・歩く・片脚で支えるときに股関節が働きやすい条件を探す」と表現します。床からの力は足部を通って股関節へ届くため、接地や靴の条件を確認することも評価の一部になります。条件を一つ変えたら、片脚立位の安定、歩幅、階段での痛みがどう変わったかを記録します。
患者説明への変換
股関節は、脚と骨盤をつなぐ大きな関節です。歩くときには体重の2倍以上の力を受けながら動いていて、腰や膝の使い方とも関係しています。
患者には「腰だけ」「膝だけ」と部位を閉じず、「股関節は、腰と膝のあいだで大きな力を受け渡している関節です」と説明すると理解されやすくなります。片脚で立って骨盤が下がる様子を一緒に鏡で見ると、「お尻の横の筋肉が骨盤を支えている」ことが伝わります。
痛みのある場所を否定せず、その場所が頑張りすぎている可能性を一緒に確認します。画像で形の特徴を指摘された患者には、「形の特徴は症状のない人にも見られます。動きと症状を合わせて考えます」と伝えます。転倒のあとに体重をかけられない、熱がある、子どもが脚を引きずっているといった場合には、すぐに医療機関で確認が必要であることも伝えます。
