本文ノート
自己効力感(self-efficacy)は、1977年にBanduraが示した概念で、ある状況で求められる行動を自分がうまく実行できるという見込みを指します1。Banduraは、これを「その行動がある結果をもたらすだろう」という結果期待と区別しました。たとえば「歩けば体力が戻る」と分かっていても(結果期待)、「今の自分には10分歩けない」と感じていれば(自己効力感が低い)、人は歩き始めません。自己効力感は、行動を始めるかどうか、どれだけ努力するか、困難に直面してもどれだけ続けるかに影響するとされています1。
痛みの領域では、自己効力感は「痛みがあっても、この活動はできる」「痛みが強くなっても、自分で対処できる」という見込みとして測定されます。慢性痛の自己効力感尺度(CPSS)は、痛みの管理、症状への対処、身体機能の三つの側面に分けて自己効力感を測ります6。痛みの自己効力感質問票(PSEQ)は、痛みがある中でも家事、仕事、人付き合い、趣味などを行える自信を問います。作成者のNicholasは、自己効力感のもともとの考え方に「障害や不快な経験に直面しても続けられる」という持続性が含まれていることから、痛みのある人では「痛みがあっても」できるかを問うことが重要だと述べています5。
痛みが長引くと、以前できていたことが怖くなる、翌日の反応が読めない、医療者によって説明が違う、といった経験が重なり、自分の身体を扱えるという感覚が損なわれていきます。自己効力感は、前向きな言葉をかければ増えるものではありません。「このくらいならできた」「この条件なら再現できた」「増えても戻せた」という経験の積み重ねで育ちます。セラピストの仕事は、励ますこと以上に、達成できる課題を設計し、達成を本人と確認することにあります。
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自己効力感は転帰と強く結びつく
慢性痛の86サンプル(15,616人)を統合したメタ解析では、自己効力感が高いほど、機能障害、心理的苦痛、痛みの強さがいずれも低いという関連が示されました。研究間のばらつきは大きく、年齢、痛みの期間、尺度が何についての自己効力感を問うか(痛みがあっても機能できるか、痛みを制御できるか、ほかの症状に対処できるか)によって関連の強さが変わりました。前向き研究に限っても、ベースラインの自己効力感は、ベースラインの値を統計的に調整した後でも追跡時の転帰と関連していました2。
慢性筋骨格系疼痛の予後研究27件をまとめた系統的レビューでも、自己効力感が高い人ほど、身体機能、身体活動への参加、就労状況がよく、痛みの強さ、障害、抑うつ症状、疲労が少ないという関連が見られました。ただし、対象研究の根拠の質は低く、結果は慎重に受け取る必要があると述べられています3。
痛みから障害への経路を媒介する
腰痛・頸部痛で、痛みがどのような経路で障害につながるかを媒介分析で調べたメタ解析では、自己効力感(β=0.23)、心理的苦痛(0.10)、恐怖(0.08)が有意な媒介因子で、破局的思考は有意ではありませんでした4。媒介効果が最も大きかったのは自己効力感です。つまり、痛みが同じくらいでも、「それでもできる」という見込みがあるかどうかで、生活への影響が変わる経路があるということです。研究の質は低いと評価されていますが、自己効力感を治療で直接扱う理由の一つになります。
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自己効力感の4つの情報源
Banduraは、自己効力感を形づくる情報源として四つを挙げました1。
一つ目は遂行行動の達成、つまり自分で実際にやり遂げた経験です。本人の直接の経験に基づくため、最も影響が大きいとされます。反対に、繰り返す失敗は自己効力感を下げます。二つ目は代理経験で、自分と似た人ができているのを見ることです。同じような痛みを持つ人が階段を使っている様子を知ることがこれにあたります。三つ目は言語的説得で、「できますよ」と言われることです。手軽ですが、実際の経験で裏づけられないと崩れやすい情報源です。四つ目は生理的・情動的状態で、動悸や筋の緊張、痛みの増加を本人がどう解釈するかです。痛みが少し増えたことを「失敗のサイン」と解釈すれば自己効力感は下がり、「予想の範囲内の反応」と解釈できれば下がりにくくなります。
この整理から、臨床で自己効力感を育てる方法が見えてきます。言葉で励ますことよりも、達成できる大きさの課題を設計すること、似た立場の人の経験を共有すること、身体の反応の解釈を前もって伝えておくことが有効な手段になります。
介入と自己効力感の変化
低所得層を多く含む慢性腰痛の成人320人を、ヨガ、理学療法、教育の3群に割り付けた試験の二次解析では、12週時点でいずれの群でもPSEQ(0〜60点)が上がり、ヨガ群と理学療法群では約7点と臨床的に意味のある上昇でした。この変化の多くは52週時点まで維持されていましたが、群間の差は有意ではありませんでした7。運動を中心にした介入の経過で自己効力感が上がることは示されていますが、どの要素が自己効力感を上げているのかは、この研究からは特定できません。
セラピストが見るべきこと
| 何についての自信か | 「自信がない」の中身を分けます。痛みを抑えられる自信か、痛みがあっても家事ができる自信か、気分の落ち込みに対処できる自信か。尺度の下位領域によって転帰との関連が異なります。 |
|---|---|
| 課題の大きさ | 課題が大きすぎると、痛みが少し増えただけで失敗体験になります。時間、距離、回数、速度、荷重、床面を調整し、達成できる大きさにします。 |
| 戻り方 | 痛みが出たかどうかだけでなく、どのくらいで戻ったか、何をすると落ち着いたか、翌日に残ったかを確認します。「増えても戻せた」は自己効力感の重要な材料です。 |
| 達成の帰属 | できた時に、本人が「先生のおかげ」「たまたま」と考えていないかを聞きます。達成を本人の工夫や判断に結びつけて言葉にします。 |
| 依存の有無 | 施術者、特定の道具、特定の姿勢がなければ動けないという理解になっていないかを点検します。支えながら、本人が選べる手段を増やします。 |
| 連携が必要な状態 | 「何をしても無駄」という無力感が強く、気分の落ち込みや睡眠の崩れを伴う場合は、抑うつの評価が必要なことがあります(抑うつと痛み)。 |
臨床での使い方
自信を数字で聞く
活動ごとに「今の体で、これができる自信はどのくらいですか(0〜10)」と聞きます。PSEQのような尺度を使えば、経過の中での変化も追えます。数字そのものより、どの活動で低いのかが課題選びの材料になります。
7〜8割の自信で始める
臨床的な目安として、課題は本人が「7〜8割はできそう」と答える大きさから始めます(研究で決められた基準ではなく、組み立ての考え方です)。自信が低すぎる課題は失敗体験になりやすく、高すぎる課題は自己効力感を上げる情報になりにくいためです。「歩く」を、場所、時間、速度、休憩、荷物に分けると、調整できる大きさの課題が作れます。
反応の解釈を先に渡す
課題の前に、「少し痛みが増えることはありえます。その時は〇分休んで、戻るかどうかを見ましょう」と伝えておきます。身体の反応を予想の範囲内として解釈できると、痛みの増加が自己効力感を下げにくくなります。
達成を本人の言葉で残す
終わった後は、「痛みが残った」で終わらせず、「5分は歩けた」「30分で戻った」「翌朝は変わらなかった」と具体的に確認します。そのうえで、「どう工夫したからできたと思いますか」と聞き、達成を本人の判断や工夫に結びつけます。
再現してから増やす
できたらすぐ増やすのではなく、同じ条件で再現できるかを見ます。再現できた経験が、「たまたま」ではない自信の土台になります。増やす時は一つの変数だけを変えます。具体的な増やし方はペーシングのページで扱います。
患者説明への変換
痛みを完全に消してから動く、という順番にすると、生活が止まりやすくなります。痛みがあっても安全に扱える範囲を一緒に作り、「この条件ならできる」「増えても戻せる」を確かめていきましょう。
自信は、気合いや励ましの言葉だけではなかなか戻りません。実際にやってみて、「できた」「戻せた」という経験を重ねることで少しずつ戻ってきます。だから今日は、確実にできそうな大きさの課題から始めます。
途中で痛みが少し増えることはありえます。それは失敗ではなく、体が反応している情報です。どのくらいで戻るか、翌日に残るかを一緒に見ていけば、次にどこまで進めるかを自分で判断できるようになります。
できたことは、ぜひ言葉にして記録してください。「5分歩けた」「休憩を先に入れられた」。その記録が、次の一歩を決める材料になります。
