本文ノート
運動システム機能障害(Movement System Impairment:以下、MSI)は、Shirley Sahrmannらが理学療法の診断と治療のために作った考え方です。基本にあるのは、理想的でない姿勢を長く続けることと、特定の方向へ繰り返し動くことが、筋骨格系の症状に関わるという考えです。分類は、姿勢と動きの標準化された検査の結果から行い、治療では、症状に関わる姿勢と動きのパターンを修正し、それに伴う組織の適応も修正することを目指します1。腰部では、屈曲、伸展、回旋、回旋と屈曲、回旋と伸展といった、症状を誘発しやすい方向で分類します。
MSIの検査は、現場の観察力を育てます。前屈で痛いのか、反ると痛いのか。股関節を曲げる前に腰が丸まるのか。腕を挙げる時に腰を反らせているのか。痛みを「どこが悪いか」だけでなく、「どの方向、どの順番の動きで症状が出るか」として見ることができます。症状が出た動きを、順番や範囲を変えてもう一度行い、症状が減るかを確かめる、という手順もMSIの特徴です。
一方で、根拠の位置づけははっきりさせておく必要があります。Sahrmannら自身の2017年の総説は、MSIの分類の信頼性と妥当性は部分的に検証されている段階で、治療の効果は慢性腰痛を除いてRCTで検証されていないと述べています1。そして、慢性腰痛のRCTでは、分類に合わせた治療は、分類に合わせない治療やほかの運動と同程度の結果でした4,6。つまり、MSIの分類を使うと、ほかの運動より良い結果になるとは言えません。
このライブラリでは、MSIを、患者を姿勢や動きの型に当てはめる理論ではなく、症状を誘発する運動方向を観察し、動き方を変えた時の反応を確かめるための地図として使います。
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分類はどれくらい一致するか
分類の検査が役に立つには、検者が変わっても同じ結果になる必要があります。Van Dillenらは、検査の手順書で訓練を受けた5名のセラピストが、腰痛のある95名とない43名を検査した時の一致度を調べました。症状に関する28項目すべてで高い一致(κ係数0.75以上)が得られ、姿勢と動きに関する25項目では72%の項目で中程度以上の一致(κ係数0.40以上)でした2。ただし、これは検査の開発者が一緒に訓練した経験のあるセラピストどうしの結果で、著者らも、別の環境のセラピストでの検証が必要だと述べています。動きにもとづく分類法を集めた系統的レビューは、これらの分類法には腰痛の患者を分類するのに十分な信頼性と妥当性があると結論しています3。
分類に合わせた治療は上乗せになるか
Van Dillenらの2施設のRCTでは、慢性腰痛の患者を分類し、分類に合わせた治療(47名)と合わせない治療(54名)に割り付けました。障害の尺度は両群とも改善し、6か月で頭打ちになり、12か月でわずかに戻りましたが、群間の差はありませんでした。改善と独立して関連していたのは、日常動作での動き方の練習にどれだけ取り組んだか(練習の実行度)でした4。
ブラジルのAzevedoらのRCTでも、MSIの分類にもとづく治療と一般的な運動が比べられました5。その後の二次解析は、この治療がほかの運動と同じ程度の利益をもたらすことを前提に、年齢、教育歴、身体活動、STarT Backの層別化のどれも、MSIの治療がよく効く人を見分ける要因にはならなかったと報告しています6。
さらに掘り下げる
相対的柔軟性を力学で考える
MSIでは、腰椎と股関節のように直列につながった二つの部位に同じ力がかかる時、硬さの小さい方が先に、大きく動くと考えます。これを相対的柔軟性と呼びます。二つのばねを直列につないで力Fで引くと、それぞれの伸びは x1 = F / k1、x2 = F / k2 で、伸びの比は x1 / x2 = k2 / k1 になります。硬さkが小さい方が大きく伸びるということです。前屈で股関節の後ろの組織が硬く、腰部の組織が相対的に柔らかければ、同じ前屈の課題で腰部の動きが多くなる、という説明になります。
ただし、生体の動きは受動的なばねだけでは決まりません。筋の活動のタイミング、痛みへの予測、恐怖、課題の速さによって、各部位の硬さは刻々と変わります。そして、この仮説を集団で確かめた研究は、単純な図式を支持していません。腰痛のある人とない人を比べたメタ解析では、前屈の終わりでの腰椎と股関節の動きの割合に差は見られず、腰痛のある人は平均して腰椎の可動域が小さく、動きが遅く、固有感覚が低下していました。動きのばらつきは腰痛のある人の方が大きい傾向でした8。「腰痛の人は腰が先に動きすぎる」と一般化せず、目の前の患者で観察して確かめる必要があります。
分類から「動作の練習」へ
MSIを研究してきたグループは、その後、分類の名前ではなく、その人が腰痛のために困っている日常の動作そのものを練習する方法を検証しました。van Dillenらの単盲検RCTでは、慢性腰痛の154名を、日常動作での運動スキル練習と、体幹と下肢の筋力・柔軟性の運動に割り付け、週1回1時間を6週間行いました。障害の尺度(0〜100%)は、運動スキル練習の群で、直後に7.9、6か月で5.6、12か月で5.7低い結果でした7。
この結果は、MSIの分類が役に立たないという意味ではありません。むしろ、MSIの検査で見つけた「症状が出る動き方」を、患者の生活の動作の中で、症状が出にくい動き方に置き換えて練習することに価値がある可能性を示しています。分類は入口で、介入の中心は生活の動作の練習です。
セラピストが見るべきこと
| 誘発方向 | 屈曲、伸展、回旋、側屈、その組み合わせのどの姿勢や動きで、主訴の症状が出るか、強まるかを見る。 |
|---|---|
| 動きの順番 | 前屈、立ち上がり、腕の挙上で、腰椎・股関節・胸郭・肩甲骨がどの順番で動くかを観察する。 |
| 修正の反応 | 動く順番や範囲を変えてもう一度行い、症状、動きやすさ、怖さがどう変わるかを確かめる。 |
| 生活の反復 | 仕事、家事、運動で、同じ方向の姿勢や動きを長く、何度も繰り返していないかを聞く。 |
| 個人差 | 腰痛の人に共通する型を前提にしない。動きが小さく慎重な人も、動きのばらつきが大きい人もいる。 |
| 注意 | 形だけで痛みを説明しない。炎症、神経症状、恐怖、睡眠、活動量、レッドフラッグも合わせて確認する。 |
臨床での使い方
初回では、主訴の動作を具体的に聞きます。「靴下を履く時」「長く座った後に立ち上がる時」「洗濯物を干す時」など、症状が出る生活の場面を一つか二つ選びます。そのうえで、立位の前屈、後屈、回旋、座位からの立ち上がり、四つ這いでの体の前後の移動など、標準化された検査で症状が出る方向を確かめます。
症状が出た動きでは、修正テストを行います。たとえば前屈で腰部痛が出る患者に、股関節から先に曲げるよう誘導して前屈してもらい、症状が変わるかを見ます。症状が減れば、その動き方を、靴下を履く、物を拾うといった生活の動作に移して練習します。症状が変わらなければ、別の仮説(恐怖、神経症状、炎症など)を確かめます。
練習は、量と文脈を重視します。van Dillenらの試験では、困っている日常動作そのものを練習する方法が、筋力・柔軟性の運動より機能の改善が大きい結果でした7。院内で正しい形を一度作るより、自宅や職場で、その動作を少しずつ繰り返すことが大切です。「完璧な形」を求めず、症状が出にくく、続けやすい動き方を一緒に探します。
患者説明への変換
痛い場所が弱いというより、毎回同じ場所に仕事が集まりやすい動き方になっているのかもしれません。正しい姿勢を押しつけるのではなく、痛みが出にくい動きの順番を一緒に探して、困っている動作の中で練習します。
患者には、検査の目的を短く伝えます。「どの方向に動くと痛みが出るか、動く順番を変えると痛みが変わるかを確かめます」と言えば、患者は自分の体を観察する立場になります。
修正テストで症状が減った時は、その違いを患者自身に確かめてもらいます。「股関節から曲げた時と、さっきの曲げ方で、腰の感じは違いましたか」と聞き、患者の言葉で記録します。そのうえで「この曲げ方で、靴下を履く練習をしてみましょう」と、生活の動作につなげます。「悪い姿勢」「間違った動き」という言葉は使わず、「今は、こちらの動き方の方が楽にできそうです」と、選択肢を増やす言い方にすると、動くことへの不安を増やさずに練習を進められます。
