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PSYCHOLOGY

認知と痛み

予期・注意・意味づけ・信念といった認知の働きが、痛みの体験と行動をどう変えるかを、痛みの定義と神経科学の研究から学ぶページです。

このページで学ぶこと

  1. IASPの痛みの定義(2020年改訂)と、痛みと侵害受容の違いを説明できる
  2. 予期・注意・意味づけが痛みの体験に影響する仕組みを説明できる
  3. 自動思考・認知の偏り・信念を区別し、臨床で観察できる形に置き換えられる

本文ノート

国際疼痛学会(IASP)は2020年に痛みの定義を改訂し、痛みを「実際の、または潜在的な組織損傷に伴う、あるいはそれに似た、感覚的かつ情動的な不快な体験」としました。定義に添えられた注記では、痛みは常に個人的な体験であり、生物学的・心理的・社会的な要因によってさまざまな程度に影響を受けること、痛みと侵害受容は異なる現象であり、感覚神経の活動だけから痛みを推定することはできないこと、人は生活の経験を通して痛みという概念を学ぶことが述べられています1。

この定義を臨床に引き寄せると、認知の重要性が見えてきます。認知とは、出来事を知覚し、解釈し、意味づけ、次に何が起こるかを予測する働きの総称です。痛みの場面では、「この痛みは危険なのか」「動いたら悪くなるのか」「自分で扱えるのか」という問いへの答えが、注意の向き、感情、行動を変え、痛みの体験そのものにも影響します。

研究の側から見ても、痛みは侵害受容入力をそのまま読み出したものではないという理解が定着しています。プラセボ鎮痛や、注意をそらしたときの痛みの軽減は、認知と学習が痛みの知覚に大きく影響することを示す代表的な現象です2。近年の知覚の理論では、知覚は予期とその学習による修正によって大きく決まると考えられ、痛みの研究もこの見方を取り入れ始めています2。

臨床で認知を扱う目的は、患者が自分の予測を確かめられるようにすることです。患者の認知は、過去の強い痛み、医療者から受けた説明、画像所見の印象、仕事や家族への責任から作られた予測です。その予測を尊重しながら、観察できる形に置き換え、身体で確かめられるようにすることが、認知を臨床の道具にする方法です。

少し掘り下げる

予期は痛みの強さを変える

痛みに対する予期の研究では、治療についての予期(プラセボ鎮痛やノセボ)と、刺激そのものについての予期(これから来る痛みは強いのか弱いのか)の両方が調べられています。神経画像研究を整理した総説では、予期は中枢神経系における痛みの強さの処理を形づくり、島皮質・帯状皮質・視床の侵害受容にかかわる部位の反応を強く変えること、主観的な痛みの変化にはこれらに加えて背外側前頭前野や眼窩前頭皮質も関与することがまとめられています3。同じ強さの刺激でも、「強い痛みが来る」と予期すると強く、「弱い」と予期すると弱く感じられるのはこのためです。予期の具体的な臨床場面はノセボのページで扱います。

注意は痛みに奪われる

痛みには、進行中の課題から注意を奪う働きがあります。EcclestonとCrombezは、この「注意の妨害」の強さが、痛みの強さだけでなく、痛みの脅威の評価や破局的思考によって大きくなるという認知-情動モデルを示しました4。危険な刺激に注意が向くのは生存に有利な仕組みですが、痛みが長引くと、仕事・会話・読書といった日常の課題が繰り返し中断され、痛みの存在感が増していきます。

「気にしないようにしましょう」という助言が効きにくいのは、注意を奪う力が脅威の評価と結びついているからです。脅威の評価そのものを確かめる作業と、注意を向ける先として意味のある活動を用意することが、現実的な組み立てになります。

意味づけと信念は説明から作られる

腰痛のある人へのインタビュー研究では、患者の信念に最も強く影響していたのは医療者の言葉でした。症状の原因や意味、見通しについての説明は何年にもわたって影響を残し、「腰を守らなければならない」と受け取られたメッセージは、警戒、心配、守れなかった時の罪悪感につながっていました。一方、安心を与える説明や動き方についての助言は、自信と活動への前向きな姿勢を支えていました6。患者の認知を評価する時は、その認知が誰のどんな言葉から作られたのかも一緒に聞く必要があります。

さらに掘り下げる

認知が痛みを修飾する神経回路

認知と感情による痛みの修飾には、前頭前野、前帯状皮質、島皮質などの皮質領域と、そこから中脳水道周囲灰白質(PAG)、延髄吻側腹内側部(RVM)を経て脊髄後角に至る下行性の疼痛調節系がかかわります。下行性の経路は、脊髄の段階で侵害受容の伝達を抑えることも、促通することもできます。総説では、注意や感情の状態が痛みを修飾する神経機構に加えて、慢性痛そのものが内因性の疼痛調節にかかわる回路を含む脳の回路を変えうること、そのため痛みが長引くほど痛みの制御が難しくなる可能性が示されています5。

予測としての知覚

知覚を「予測」と「入力」の照合として捉える考え方では、脳は過去の経験から作った予測を持ち、入ってくる感覚情報との差(予測誤差)をもとに予測を更新していきます2。痛みにあてはめると、「この動作は危険だ」という強い予測は、同じ入力をより強い痛みとして感じさせる方向に働きうること、そして実際に動いて予測と異なる結果を得る経験が、予測を更新する材料になることが理解できます。この考え方は理論的な枠組みとして有力ですが、個々の患者の痛みを予測誤差の計算で説明できる段階にはありません。臨床では「予測は経験で更新される」という原則として使います。

認知行動療法の認知モデル

認知行動療法(CBT)の土台であるBeckの認知モデルでは、ある場面で意図せず浮かぶ短い考えを自動思考、自動思考に繰り返し見られる偏りを認知の歪み(全か無か思考、過度の一般化、破局視など)、その土台にある比較的安定した考え方を信念やスキーマとして区別します。改訂された「汎用的な認知モデル」では、スキーマは期待、自己評価、規則、記憶などを組織するものとされ、信念に焦点を当てることが治療の標的になると述べられています8。痛みの場面では「また壊れた」「今日はもう無理だ」が自動思考、「腰は一度痛めたら守り続けないといけない」が信念の例です。自動思考はその場で拾いやすく、信念は行動の選び方全体に影響します。

痛みの仕組みを説明する教育(Explaining Pain)は、痛みの捉え方を「組織損傷の指標」から「身体を守る必要があるという見積もりの指標」へ移すことを目的とし、痛みの生物学についての知識を増やし、破局的思考を減らし、短期的な痛みと障害の軽減をもたらすとまとめられています7。これは信念の水準に働きかける介入の一つと考えられます。

セラピストが見るべきこと

自動思考痛みが出た瞬間に浮かぶ言葉を聞きます。「まただ」「壊れた」「今日は終わった」「迷惑をかける」など、短い言葉ほど行動を直接動かしています。
予期この痛みの後に何が起こると思っているかを聞きます。再発、仕事の失敗、家族への負担、手術が必要になるといった見込みを具体的にします。
注意一日の中で痛みのことを考えている時間、姿勢や左右差を確認する回数、検索の頻度を聞きます。注意の向き方は痛みの目立ち方に影響します。
信念の出どころその考えを誰から、どんな場面で聞いたかを確認します。画像の説明、過去の医療者の言葉、家族の経験などが信念を支えていることがあります。
行動とのつながり認知がどの行動につながっているかを見ます。回避、痛みを押して続けること、確認、受診の繰り返し、特定の姿勢へのこだわりなどです。
身体の評価認知の評価は身体の評価の代わりになりません。神経症状の進行、全身症状、夜間の強い痛みなどがあれば、医療機関での評価を優先します(レッドフラッグ)。

臨床での使い方

言葉をそのまま拾う

まず、患者の言葉をそのまま拾います。「動くと悪化すると思うのですね」「前回の強い痛みが残っていて、また同じになるのが怖いのですね」。急いで訂正すると、患者は自分の経験が否定されたと感じ、その後の情報が得にくくなります。

一枚の図にする

次に、場面、自動思考、感情、身体の反応、行動、結果を一枚の図に並べます。「痛みが出る」「壊れたと思う」「不安が上がる」「身体を固める」「歩くのをやめる」「自信が下がる」。この流れが見えると、介入点は痛みの強さだけではなくなります。どこから変えるかは患者と一緒に決めます。

予測を仮説に置き換える

「動くと悪化する」を、「何分、どの動きを、どの程度行うと、どのくらいで戻るか」という仮説に置き換えます。抽象的な不安を検証できる形にすることが、認知を扱う第一歩です。その上で、平坦な道を3分歩く、翌朝の状態を記録する、といった小さな行動実験で確かめます。認知は話し合いだけでは変わりにくく、身体を使った経験が予測を更新する材料になります。

説明の言葉を点検する

セラピスト自身の説明も認知を作ります。「骨がずれている」「すり減っている」という言葉は、患者に「守り続けなければならない身体」という信念を残しやすい表現です6。構造の所見を伝える時も、所見の意味の幅、変えられる条件、試せる行動を合わせて伝えます。

専門職と組む目安

否定的な考えが強く日常生活の多くを左右している、気分の落ち込みや強い不安を伴う、という場合は、認知行動療法などを行う心理職や医師との連携を検討します。セラピストは身体の評価と行動の経験を担い、認知への専門的な治療は専門職と分担します。

患者説明への変換

痛みが出た時に「危ない」と感じるのは自然な反応です。その予測がいつも正しいとは限らないので、今日は「心配していること」と「身体で確かめられること」を分けて見ていきましょう。

痛みは、体からの信号を脳が受け取り、これまでの経験や今の状況と照らし合わせて「どのくらい守る必要があるか」を見積もった結果として感じられます。だから、同じ動きでも、怖いと思っている時と安心している時では、痛みの感じ方が変わることがあります。

あなたが感じている痛みは本物の体験で、その強さには体の状態と脳の見積もりの両方がかかわっています。そして見積もりは、新しい経験によって更新されます。今日は、小さな動きを試して、思っていた結果と実際の結果を比べるところから始めます。

前に受けた説明で気になっている言葉があれば、教えてください。その言葉が今の体の状態をどこまで表しているのかを、一緒に確認します。

用語

認知
出来事を知覚し、解釈し、意味づけ、次に起こることを予測する心の働きの総称。注意、記憶、信念を含む。
予期(expectation)
これから起こる刺激や治療の結果についての見込み。痛みの強さの感じ方と、それに対応する脳の反応を変えることが示されている。
注意の妨害
痛みが進行中の課題から注意を奪う働き。痛みの脅威が大きいと評価されるほど強くなる。
自動思考
ある場面で意図せず浮かぶ短い考えやイメージ。「また壊れた」「今日はもう無理だ」など。
信念・スキーマ
経験から形成された、自分・身体・世界についての比較的安定した考え方。自動思考の土台になる。

確認問題

  1. IASPの定義が「実際の、または潜在的な組織損傷に伴う、あるいはそれに似た」と書いているのはなぜですか。

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    痛みは組織損傷の量を直接読み取ったものではなく、組織損傷がはっきりしない場合にも生じる個人的な体験だからです。2020年の改訂では、痛みと侵害受容は異なる現象であること、痛みは生物学的・心理的・社会的要因の影響を受けることが注記されています。

  2. 「痛みに注意を向けないようにしましょう」という助言だけでは不十分になりやすいのはなぜですか。

    答えを見る

    痛みは脅威が大きいと評価されるほど注意を強く奪う性質を持つため、脅威の評価がそのままでは、意識して注意をそらすことが難しくなります。脅威の評価そのもの(何が起きると思っているか)を確かめ、注意を向ける先として意味のある活動を用意するほうが現実的です。

  3. 患者の「腰は一度痛めたら守り続けないといけない」という考えは、自動思考と信念のどちらに近いですか。臨床でどう扱いますか。

    答えを見る

    場面を超えて行動を方向づける比較的安定した考えなので、信念に近いものです。言い返して変えるより、その信念がどこから来たか(過去の説明など)を聞き、信念に従った行動の結果と、試した場合の結果を観察で比べられる形にします。

関連ページ

出典

  1. PubMedRaja SN et al. 2020. The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises. Pain
  2. PubMedWiech K. 2016. Deconstructing the sensation of pain: the influence of cognitive processes on pain perception. Science
  3. PubMedAtlas LY, Wager TD. 2012. How expectations shape pain. Neurosci Lett
  4. PubMedEccleston C, Crombez G. 1999. Pain demands attention: a cognitive-affective model of the interruptive function of pain. Psychol Bull
  5. PubMedBushnell MC et al. 2013. Cognitive and emotional control of pain and its disruption in chronic pain. Nat Rev Neurosci
  6. PubMedDarlow B et al. 2013. The enduring impact of what clinicians say to people with low back pain. Ann Fam Med
  7. PubMedMoseley GL, Butler DS. 2015. Fifteen years of explaining pain: the past, present, and future. J Pain
  8. PubMedBeck AT, Haigh EA. 2014. Advances in cognitive theory and therapy: the generic cognitive model. Annu Rev Clin Psychol
更新 2026.10.26

セラピストの方に向けた、教育用の資料です。医療判断や個別の治療の代わりではありません。強い痛みやしびれ、急な変化があるときは、医療機関へご相談ください。

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